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第2話 婚約破棄をされたのなら、私とぜひ結婚してくださいませんか?



「マーキュリー嬢。婚約破棄をされたのなら、私とぜひ、結婚してくださいませんか?」

「えっ……、結婚……?」


 サリュートからの突然の結婚の申し込みに、チェリエは目を瞬かせる。


「ずっと前から、お慕いしていたんです」

「えっ……」


 ――ずっと前、というのはいつのことだろう?

 とチェリエは思う。


 チェリエはこれまでずっとレイスを中心に物事を考えてきていたため、他の男性とどうこうなるという思考を全く持ち合わせていなかった。

 だからこそ、サリュートからの『前から慕っていた』という発言に『いったいいつ……? なにがきっかけで?』としか思えないのである。


「……覚えていらっしゃいませんか?」

「覚えて……ですか……?」


 サリュートからそう言われても、チェリエとしては何が何やらわからない。

 彼女の中では、リュート・スタンレイは3ヶ月ほど前からこの学園にきた留学生で、自分としてはあくまでも婚約者のいる身であるということに重きを置きながら侯爵令嬢として適切な対応をした記憶しかない。

 彼が言っているのは、この3ヶ月間にあったことについてだろうか?

 それともそれ以前のことだろうか?

 しかし、チェリエがどう記憶を辿たどっても、彼が留学してくる以前に彼と出会った記憶を思い出すことができなかった。


「……冗談ですよ。どうやら困らせてしまったみたいですね」


 そう言って苦笑しながらチェリエの手を優しくさすってくれるサリュートは、本当に冗談で言ったというよりもチェリエに助け舟を出してくれたようにしか思えなかった。

 チェリエは一体、どこで彼に『覚えていませんか』と言われるような出来事があったのだろうかとさらに問いかけようとしたのだが、


「いずれにしても、私があなたと添い遂げたいという気持ちは本当です。ですから――」


 どうか前向きに考えていただけないでしょうか。

 自分の前に跪き、真摯に告げてくるサリュートの言葉に、チェリエは柄にもなく狼狽えてしまった。


 ――なぜならばそれは、チェリエがずっと求めていた言葉だったからだ。


 その相手は、目の前のサリュートではなく、婚約者のレイスからだったけれど。

 ちくりと痛む胸を抑えながら、チェリエは未だ変装した垢抜けない姿のままサリュートを見つめた。

 自分の前で跪きながら、きゅっと唇を引き結び、真摯な様子でチェリエの答えをじっと待っている。


(……さすが、隠していても王子様だわ。こうして結婚を申し込んでくるたたずまいにさえ気品があるもの)


 チェリエの瞳には、変装しているリュートの姿に、本来の美麗なサリュートの姿が重なって見えた。

 前世であれほどに入れ込んだキャラなのだ。

 目をつぶらなくても瞼の裏に焼き付いている。


(サリュート様との、結婚……)


 最推しから結婚してくれと言われて、自分の意志とは無関係に心が湧きたつ。

 けれどチェリエには、すぐに『はい』と答えられない理由があった。


(わたくしだって、前世から好きだったサリュート様から実際に好きだと言われるのは嬉しい。でも……)


 これまでのチェリエの恋愛遍歴が、彼女を思い止まらせる。


(前世で付き合ってきた人たちも。今世で婚約者になったレイス様も。最初はとっても素敵な人だと思っていたし、大好きだった)


 みんな、付き合い始めた時は優しかった。

 でも、付き合って1年たち、3年も経つ頃にはお互いに一緒にいることが当たり前になる。


 いわゆる――、恋愛における3年の壁、というもの。


 なぜ3年で壁にぶつかるのかは諸説あるが、よく言われるのは『お互いに慣れてしまってマンネリ化してしまう』『相手との価値観の違いが浮き彫りになり、嫌なところが目につくようになる』などと言われている。


 チェリエは――、この3年の壁を越えられたことがなかった。


 越えようと努力したことはもちろんある。

 けれど彼女がどんなに努力しても、いつしか相手からぞんざいに扱われるようになったり、逆に束縛が激しくて何をしても責められるようになってしまう。


(大好きな人と付き合えても、いつか嫌われてしまうのなら。だったらいっそ、付き合わないほうがいい)


 実際、チェリエは交際関係に発展しない相手とはうまくやれるのだ。

 

 仕事も気がきくし、先回りして物事を考えられるし、相手を思いやる言動も取れる。


 好きになった人に対して恋愛関係には進まず、お互いにずっと温かい気持ちを持ったままつかず離れずいたほうが――幸せなのではないか。


 そんな思いが、チェリエの心を引き止める。


「あの……、せっかくの良いお話、大変申し訳ないのですが。わたくし、このお話をお受けすることはできません……」


 苦渋の思いで、チェリエはサリュートに告げる。


「……それは、なぜ?」


 しかし、そんなチェリエにサリュートは落ち着いた様子で問い返す。

 結婚の申し出をその場で断ったというのに、不快になった様子も見せない。


(大人な方なのだわ)


 これが、相手がレイスであればそうはならなかった。

 『なぜ、私の言うことが聞けない!?』と言って事を思い通りに運ぼうとしただろう。

 

 チェリエはサリュートの落ち着いた紳士的な態度を見て、変に言い訳をするよりも正直に自分の思いを告げようと思った。


 過去にしてきた恋愛を顧みて、自分はもう恋愛をすることに自信がなくなっている事。

 そして、サリュートのことが好きだからこそ、このままがいいと思っているということ。


「なるほど……」


 チェリエが正直に事情を説明すると、サリュートがあごに手を当てて呟く。


「事情はわかりました。それを聞いて、マーキュリー嬢のお気持ちを無視してお話を進めるわけには行きませんね」

「では……」

「ですが、私からもうひとつだけ、お願いをさせていただけませんか?」

「お願い、ですか?」

「はい」


 チェリエの問いかけに、サリュートがにっこりと微笑む。


「チェリエ様に、私の国に来ていただきたいのです」

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