第19話 肉じゃがは豚肉で作ったほうが好きです
サリュートに案内されたチェリエが足を踏み入れたその厨房は、明るい日差しの差し込む、風通しの良さそうな素敵な厨房だった。
中では、コック服を着た若い青年が少し緊張したような面持ちで立ち、入ってきたチェリエに改まって挨拶をした。
「――こちらの料理長を務めさせていただいております。シーランと申します」
どうやら、この若い青年が料理長らしい。
「初めまして。チェリエ・マーキュリーと申します」
淡いブラウンの髪に愛嬌のあるそばかすの浮いた頬、白い清潔そうなコック服を着たシーランと名乗った青年に挨拶を返すと、どうやらチェリエを取っ付きやすい人種だと理解したシーランは、途端にほっとした様子を見せた。
「今日は、殿下のお客様が厨房をお使いになりたいということで、ご使用前に設備のご案内をさせていただきたく参りました。さっそくですが、設備の説明をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
チェリエに向かって失礼にあたらないよう、気を配りながらそう尋ねてくるシーランに、チェリエも「はい。よろしくお願いします」と答える。
そうしてチェリエは、シーランからガス台や水道の使い方、食器や調理道具の場所を教えてもらうと、教えてくれたシーランに礼を言い、早速調理に取り掛かることにした。
持ってきた白いエプロンを身につけると、髪を邪魔にならないよう後ろで一括りにまとめる。
次に、チェリエがまずは米を研ごうとあたりを見回すと、なぜだかやたらと嬉しそうな顔で、にこにことチェリエのエプロンの紐で遊んでいるサリュートと目があった。
「……あの、サリュート様は出来上がるまで待っていてくださって構いませんよ?」
「うん。だから待ってる」
チェリエとしては、別室で他のことをしながら待っていていい、という意味だったのだが。
「……ここで待たれるんですか?」
「ダメ? だってチェリエが料理してるとこ見たいし」
なんなら手伝えることがあるなら手伝うよ、と言い出すサリュートに、チェリエは閉口する。
(……いいのかしら。仮にも大国の王子に料理の手伝いなんてさせて)
本人がいいと言っているのだからいいのかもしれない。
しかし、現状「手伝いたい」というよりは「チェリエが料理をしているところを見たい」という意志の方が強いのだと判断したチェリエは、「わかりました。サリュート様にお手伝いいただきたいことができたらお願いしますね」と言って軽く濁しておいた。
――さて。
米を研ぎ終えたチェリエは、水を入れた鍋に昆布を入れ弱火にかけ、次にじゃがいもの皮むきにとりかかる。
異世界といえどベースが日本の乙女ゲームなためか、この世界の食材はほとんど前世と同じものだ。
じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、豚肉。
揃えやすい材料で、和食の復帰戦として最適な料理――肉じゃがである。
するするとじゃがいもの皮をむき手頃な大きさに切ると、次はにんじんの皮を剥いて同じく肉じゃがに適したサイズに切り分ける。玉ねぎをくし切りにし、野菜の準備を整えた後、鍋に油を注いで豚肉を炒める。
チェリエ――というよりどちらかというとちえりのほうだが、肉じゃがは牛肉で作るよりも豚肉の方が好きだった。
単に当時、貧乏でお金がなかったためなかなか牛肉に手を出せなかったというのも理由のひとつだが、豚バラ肉の柔らかくもちもちとして油がじゅわっと滲み出るあの味わいが好きなのだ。
炒めた豚肉に、醤油とみりんと酒を加えると、途端に厨房いっぱいに食欲をそそる香りが広がる。
そこに、用意しておいた野菜を投げ込むと、全体に油が回るようにくるりと混ぜ合わせ、あとは蓋を閉め火を弱火に調節した。
そこで一息ついたチェリエは、ことりと砂時計をひっくり返す。
「……水とか入れなくていいの?」
チェリエが鍋に全く水分を加えなかったことを心配したのだろう、サリュートがそう尋ねてくる。
「このレシピは、野菜から出る水分で煮含められるようになっているので、大丈夫ですよ」
チェリエがそう答えると、サリュートは「へえ……」と感心したように相槌を打った。
確かに、チェリエもサリュートから指摘された通り、昔このレシピを知った時は目から鱗だった。
普通、肉じゃがは出汁で煮込むものだと思っていたからだ。
それが、人から教えてもらったレシピを試してみた時、こんなにも簡単で美味しくできるのかとびっくりしたことを思い出して、ふふっと思い出し笑いをする。
(……懐かしいな。昔は毎日作っていたのに)
チェリエの前世は、正直裕福とは言い難いものだった。
いや――、最初は裕福だったのだ。
父が経営していた会社が業績不振に陥り倒産し、多額の借金を抱えるまでは。
借金返済のために家を売り、それでも返せない額を返すために、チェリエは大学進学を諦め、働きながら家事を一手に請け負った。
借金を抱えた父を捨てて逃げた母の代わりに、彼女は家庭を支えていたのだ。
ふと蘇った過去の記憶を懐かしみながら、チェリエは次の料理に取り掛かった。




