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第18話 わたくしの手料理でよければ、お作りするのは構いませんが



(それはつまり、和食は食べたことがない、ということでいいのかしら……)


 ということは、サリュートは転生者ではないということだろうか?


「わたくしの手料理でよければ、お作りするのは構いませんけれど……」

「ほんと? やった。だったら食べたい」


 チェリエの提案に、サリュートが嬉しそうに乗ってくる。

 しかしこの反応だけでは、サリュートがチェリエと同じく和食を恋しがって喜んでいるのか、単にチェリエの手料理が食べられることに喜んでいるのかわからない。


(でもこれは、サリュート様が転生者かどうなのかを探るいいチャンスだわ)


 実際に和食を作ってみて、知っているようなそぶりや懐かしがる反応を見せたら転生者である可能性が高くなるし、本当に珍しそうな反応を見せたら可能性は低くなる。


 もし、サリュートが転生者だったら――?


 チェリエは、自分もそうだと彼に打ち明けるべきだろうかとはたりと考える。


(――うん、でも。今までもずっと、サリュート様はわたくしに良くしてくださってきたし、転生者だと明かしても、彼も転生者だったのだとしたら、きっと前世の話を懐かしめるはずだわ)


 そう考え――、しかしまだ確証が得られない以上は、下手に彼に転生の話を切り出さない方が得策だとも考える。

 転生という観念がない人に、突然『実は私、前世の記憶があるんです』なんて言っても、頭のおかしい人間だと思われるのが関の山だからである。


 だからやはり、彼に和食を振る舞ってみて、その反応を見るのが一番の近道だ――、そう考えたところで、チェリエはもう一つ気付いたことがあった。


 サリュートに和食を振る舞うとして。

 それをどこで振る舞うのか、という話だ。


(わたくしの家で作ると、きっとまたお母様が嫌な顔をされるわ)


 先にも述べたことのある通り、このデルトムントでは職業婦人に相当することは忌避される。

 趣味でお菓子を作る程度ならいい。

 しかし、本格的に食事を作って振る舞うというのは、職業的な面を強くみられるため、この国では貴族女性が食事を作るのも卑しいこととみなされるのだ。


(どうしよう……)


 チェリエは困った。

 サリュートに食事を振る舞うと言った手前、作らなければ嘘をついたことになってしまう。

 かと言って、自分の家で作るわけにもいかず、彼の家で作らせてくれと頼むのもなんだか図々しい気がする。


 そう思い、どうするのが正解なのか困ってしまったチェリエに救いの手を差し出したのはまた、他でもないサリュートだった。


「じゃあ、明後日の週末とかはどうかな?」

「明後日、ですか?」

「うん。僕が滞在している屋敷で昼食を取ろう。その時間は、厨房を貸してもらえるよう頼んでおくから」


 ――その方が、チェリエも心置きなくできるだろう――?


 そう言い添えたサリュートに、チェリエは敬服した。


(……この方は。本当に聡い人だわ……)


 普通、これほどまでに相手の立場や状況を考えて発言してくれるものだろうか?

 ましてや彼は大国の王子で、本来は彼こそが他者から尊重され尽くされるべき人であるのに。


「チェリエには、足を運ばせることになってしまうのは申し訳ないけど」

「そんなこと……、とんでもありません。むしろありがとうございます」


 サリュートの真心を受け取ったチェリエは、彼に心からのお礼を言った。

 こうして、この日は必要な食材と調味料を買い込んで、それをサリュートが屋敷に持ち帰った。

 真剣に材料を吟味していたチェリエは、気づかなかった。

 サリュートがその姿を、とても幸せそうな眼差しで見つめていたということに。



 ◇◆◇



 ――そうして、やってきた週末。

 チェリエはサリュートが手配してくれた迎えの馬車に乗って、サリュートの滞在している屋敷を訪れた。

 両親には『サリュート様から呼ばれたので出かけてきます』と伝えたらあっさりと許可をもらえた。

 到着したのはちょうど朝食と昼食の間の時間。

 もろもろ作ったら、ちょうど昼食にちょうどいい時間になるだろうという頃合いを見計らってやってきたのだ。


「いらっしゃい。待ってたよ、チェリエ」


 馬車から降りて屋敷に辿り着くと、なんとサリュートが直々に出迎えてくれた。

 今日はリュートの姿ではなく、本来のサリュートの姿だ。

 さらさらとした美しい金髪を風になびかせ、その秀麗な姿を隠すところなくあらわにしているのを目の当たりにして、チェリエは思わず目が潰れてしまうのではないかと思った。


 馬車の前で手を差し出してくるサリュートの手を取り、そのまま屋敷の中まで案内される。

 以前、サリュートの歓待パーティーの後にも花茶を淹れに来たことがあるが、明るい時間に訪れるのは初めてだった。

 燦々と照らす明るい太陽の下で、正門から玄関までをつなぐ庭園に美しい花が咲き乱れる。


(こうしていると、まるで物語の本当のヒロインになったみたいな錯覚を覚えるわね……)


 素敵な王子様に手を引かれて、美しい庭園に挟まれた道を歩き屋敷に足を踏み入れるヒロイン。

 正に、乙女が夢見そうなシチュエーション真っ只中にいるチェリエは、しかしそれほど明るい気持ちにはなれなかった。

 自分に与えられていたのは悪役令嬢で、しかも自分はヒロインらしいパッと明るい性格でもないし、どちらかというと陰気で根暗な方だ。


 だからこそ、本来であればせっかくのサリュートからのプロポーズも素直に喜んで受け入れればいいのに、うじうじと過去の失敗に囚われ、動けずにいる。


(……本当に、サリュート様はどうして、こんなわたくしのことを大切にしようとしてくださるのかしら)


 チェリエの少し前で、彼女の手をひき颯爽と歩くサリュートを盗み見る。

 どこからどうみても素敵な王子様だ。

 寸分の狂いもなく、一分の隙もなく。

 チェリエはそれを盗みみながら、まあいい、と思う。


(……そう、いいのよ。どんなに素敵な人でも。わたくしはただ、この方に誠心誠意尽くすだけだわ。あくまでも部下として。そして友人として)


 その芯さえ忘れなければ、自分はきっとサリュートと友好な関係を築き続けることができる。

 そう自分に言い聞かせながら、チェリエはサリュートに案内されて厨房に入った。


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