第17話 チェリエが作ってくれるものなら興味があるよ
その日、チェリエが奉花台の花を整えた後。
サリュートから「帰るなら送るよ」と言われた言葉に甘えて、一緒に帰らせてもらうことにした。
サリュートを迎えにきた馬車に乗せてもらい、隣合わせて座る。
(せっかくだから、何か会話を……)
そう思うチェリエなのだが、奉花の作業で花力を使って疲れてしまったことと、馬車の外から降り注ぐ日差しが温かく気持ちよくて、ついうとうととまどろみ始める。
(ん…………)
ふわ、と頭を温かい何かに持たせかけながらうっとりとしていると、途中『かたんっ』と馬車が揺れたことでチェリエは一気に覚醒した。
「――あ、ごめんね。起こしちゃった?」
覚醒した瞬間、耳元からサリュートの優しい声が聞こえてくる。
チェリエを起こしたのは馬車の揺れでサリュートのせいではないのだが、彼がそう言って謝ってくる。いや――それより。
(わ……、わたくし……、サリュート様の肩を借りて眠っていた……!?)
ふと気がつくと、すぐ真上にサリュートの肩と顔があるということはすなわちそういうことなのだろう。
まどろみから一気に覚醒したチェリエは、
「も……、申し訳ありません……!」
と盛大に恐縮しながら慌てて身をひいた。
「謝ることなんてないのに」
「でも……」
「本当だよ。僕もチェリエが寄り添ってくれて暖かかったし。それに、ちょうどあの店が気になるなあって思ってたところだったんだ」
そう言ってサリュートが指をさしたのは、通りの片隅にあるくたびれた商店だった。
ジェネラルストアと看板が架けられている横に、『極東国』『亜国』『珍品食材取り扱い有』と書いてある。
そうして――その中にそっと紛れている『米』という文字。
チェリエは思わず、その文字に目を奪われていた。
「…………」
「ちょっと寄ってみてもいいかな?」
「え、ええ、もちろんですわ」
チェリエがその店に気を取られていると、サリュートがそう言って断りを入れてくるので、チェリエは快く応じる。
それからサリュートと並び立って店内に入ると、中には表に書かれていた通り、チェリエにとっても見覚えのある調味料や食材がきれいに陳列されていた。
(醤油、味噌、みりん、海苔。え? こんなことってある?)
ここが、日本が開発した乙女ゲームの世界だからだろうか?
ファンタジー世界に似つかわしくない、あまりにも強引すぎる調味料の捩じ込まれ方に、チェリエはめまいを覚えそうになった。
(確かに! この手のロマンスファンタジー小説でなぜか極東(日本)が存在して、日本食材を手に入れられるみたいなシチュエーションはあったりしたけれども!)
それにしたって、あまりにも雑なねじ込み方では?
とチェリエは内心で呆れた。
しかしその衝撃も収まってくると、今度は段々と別の欲求がむくむくと湧き上がってきた。
――食べたい。
元日本人としての本能が、ごくりとチェリエの喉を鳴らす。
ほかほかの白いご飯。豆腐とわかめの入った温かい味噌汁。ぱりぱりに炙った香ばしい海苔。
懐かしい味を思い出し、思わず涎が滲み出てくるほどの強い衝動に駆られた。
「……どうしたの? 何か欲しいものでもあった?」
いつの間にかチェリエの隣に立っていたリュートが、店内で立ち尽くしていた彼女に尋ねる。
「あ……いえ。珍しい食材が多いなあと、感心してしまって……」
食欲に負けるはしたない自分を押し隠しながらチェリエは答える。
答えながら――、ふと湧き上がる疑問があった。
(……そういえば。なぜサリュート様は、この店を「気になる」と言ったのかしら)
トリギアという大国の王子であるサリュートが、普通こんなうらぶれた街の片隅の何でも屋などに興味を示すだろうか?
そう思うと、チェリエの脳裏に急に一つの疑念が湧き上がった。
(……もしかして、サリュート様も転生者、なんてこと……)
今まで、チェリエの頭には自分以外に転生者がいるということを微塵も考えたことがなかった。
なぜなら、かつて前世で読んだこの手の小説は、悪役令嬢に現代人が転生・憑依するのが王道で、せいぜいイレギュラーがあるとして正ヒロインも転生者でしたというパターンが常だったのだ。
(……そう考えると、リリーさんが転生者かもしれないという可能性もまったく考えずにきていたけれど……)
どちらかというと、疑いの目を向けるならばサリュートよりもリリーの方が怪しく感じられた。
なぜならば今のリリーは、攻略対象と呼べる相手を見事に全員手中に収めているからだ。
通常であれば誰か一人のルートに特化して、三人(厳密にはサリュートも入れると四人だが)いる攻略対象のうちの一人と親密になるのが自然な流れだが、これほどまでに三人全員を落としているというのは、原作ゲームを知っているからでは?
(だからこそ。リリーさんはわたくしを執拗に排除しようとしてきたのかも……)
そう考えると、これまでの流れがとても辻褄が合うように思えた。
「極東料理って、どんな感じなんだろうね」
サリュートが興味津々といった感じで調味料を眺めているところに近づくと、彼は味噌を手に取り原材料が記載されたラベルをまじまじと見ていた。
「……サリュート様は、こういった料理にご興味があるんですか?」
先ほどのくちぶりから、興味はあるけど食べたことがないのだろうと推察したチェリエがそう尋ねた。
それから――彼が転生者なのか否か、さりげなく探りも入れる。
「極東料理は食べたことがないからわからないけど――チェリエが作ってくれるものなら興味はあるよ」




