第13話 【リリー視点】仕事は適当でもなんとかなってますよ?
平民出の花継ぎの乙女であるリリーは学園内にある学生寮に部屋を得ていた。
チェリエやサリュート、レイスなどの高位貴族は、自宅ないし学園近くに持つ屋敷から通学しているが、リリーのような平民の娘や下級貴族で学園の近くに屋敷を借りられない生徒は学生寮で暮らし学園生活を送るのだ。
しかしそんな中でも、リリーは花継ぎの乙女という立場から、特別に一人部屋と専用の使用人を付けられていた。
いかに学園が、花継ぎの乙女を優遇しているかという表れである。
◇◆◇
「……はっ? 花継ぎの乙女からの挨拶は不要?」
自分の部屋で使用人たちに髪をセットしてもらいながら、別の使用人からの報告を聞いたリリーは、思わずそう言って顔を顰めた。
「は……はい。トリギアの王子殿下は、花継ぎの乙女からの挨拶は今回の予定に入っていないので挨拶は不要だと……」
「予定に入ってない、じゃないでしょ。挨拶したいってこっちが言ってるんだから、挨拶を取り付けてくるのがあんたの仕事でしょ」
「ですが……」
「言い訳なんて聞きたくない! だったらサリュート殿下のスケジュールでも確認してきてよ。そこに合わせてわたしがいくから」
リリーがそう言って「早く行け」と手で示すと、指示された使用人は嫌そうな顔をしながら部屋から出ていった。
(……まったく、使えない……!)
レイス経由でリリーがサリュートに謝罪したいと申し出をしたのも、『謝罪は必要ない』とあっさりと断られたのだ。
レイスもレイスで役に立たないと腹が立ったが、そこで攻略対象である彼を怒鳴りつけるわけにもいかない。
だから今度は花継ぎの乙女として挨拶の機会が欲しいと連絡することを思い立ち、今回はレイスではなく使用人を使ってやったのだが、結果は先ほどの通り。
(っていうかなんなのよ!? 毎朝の祈祷、なんの意味もなくない!?)
サリュートを本命の攻略対象にしようと決めたから、残りの祈祷対象をサリュートに全振りしたにもかかわらず、全く効果がないじゃないの!?
一体どうなってるのよこのゲームシステムは!?
心中穏やかではないリリーは、心の中でそう叫び散らすが、そんな叫びに応えてくるような者も誰もいない。
ゲーム転生なんだから、よくあるシステムサポートみたいな神の声とかあってもよくない!? と思うが、思っても結局はどうにもならないリリーは、溜まったフラストレーションを身近な使用人にぶつけることにした。
「……ちょっと。髪飾りは生花じゃなくてパールにして」
「ですが、花継ぎの乙女は生花を身に纏うことでお力が……」
「うるさい! 口答えしないで! 今日はパールの気分なの!」
使用人に当たり散らしてみても、一向にスッキリしない。
リリーは、彼女の言う通り使用人が髪飾りをパールのものに付け替えたのを見て、はあ……とこれ見よがしなため息を吐きながら立ち上がった。
◇◆◇
「お、俺のあげた髪飾り、使ってくれてるんだな」
「えへっ。だって、ギークがせっかくくれた髪飾りなんですよ」
学園に着くと、リリーは早速攻略対象たちに囲まれる。
今日はレイスは別の用事があって登校できないので、そういう時は今みたいに他の攻略対象を侍らせるのだ。
先ほどリリーに話しかけたギーク・ラクストンはこの国の伯爵家の長男だ。
レイスがクール系俺様王子だとしたら、ギークはワイルド系の俺様騎士。
そしてその反対にいる、ゆるりと編まれた三つ編みを背中まで垂らした美青年がティエル・ヨークエンド。おっとり知的大人系の花魔法士だ。
「リリーは真珠がよく合いますね。清楚な雰囲気を引き立てて、とても似合っています」
「ありがとうティエル。でもティエルにも似合いそう」
「……それは、私が女性っぽいという意味でしょうか……」
リリーの言葉に、ティエルがなんとも言えない顔で苦笑する。
女顔なことにコンプレックスを抱いている彼にとって、女性的なものが似合うと言われるのは地雷なのだ。
この場面だけを切り取ると、まさに乙女ゲームのワンシーンといった平和な光景に見える。
(……ああ、やっぱり、ここにきて攻略対象たちに囲まれると癒される)
タイプの違う、見目麗しい男たち。
彼らがみんな自分に夢中だという事実は、リリーの自尊心を深く満たした。
(これで、サリュートが加われば本当に、完璧なのになあ)
まったく、どうしてこんなにも上手くいかないのか。
歯噛みしたい気持ちを抑えながら、とりあえず今の幸せを堪能していると、そんなリリーに傍から話しかけてくるものがあった。
「あの、リリー様。そろそろ奉花を新しいものに変えていただきたいのですが……」
「……え? 3日前にやったばかりだと思いますけど……」
奉花というのは、花継ぎの乙女の務めのひとつで、奉花台と呼ばれる世界樹に連なる祈祷所に花を飾ることを指す。
花継ぎの乙女が能力を使ってその時々に適した花を飾ることで世界樹を浄化し、瘴気を和らげることができる。
「このごろは気温も上がってきて、花の持ちも悪くなりやすくなってますから……。それに、今回はなぜか生けられた花たちの効果もめちゃくちゃで」
「そうなんですか? いつも通りにやったつもりなんですけど……」
正直に言うと、リリーはこの作業があまり好きではなかった。
飾る前に傷んだ花たちを取り替えて捨てるのも楽しくないし、花の効果をわざわざ考えながら生けるのも面倒だ。
たくさんの花を飾るとなると水仕事になって手も荒れやすくなるし、本当はあまりやりたい作業ではないのだ。
(でもまあ、ギーグやティエルたちの手前もあるし……)
さすがに攻略対象たちの前で職務放棄をするわけにもいかない。
なのでリリーは面倒だと思う気持ちを押しやり、「わかりました。じゃあ後でお昼の時間にでも奉花を変えに行きますね」と笑顔を作って答えた。
――リリーは知らない。
これまで彼女の作った適当な奉花を、後からチェリエがさりげなく正しくなるように直していたことを。
チェリエが作り直してきた奉花こそが、この国を守ってきたということを。
そして――、チェリエが部屋に閉じ込められていたこの3日の間、リリーの作った適当な奉花が適切に効果を発揮することなく、世界樹の浄化も瘴気を抑える効果もなかったことを。
彼女がこれまで、なんとか花継ぎの乙女としてやってこられているのは、他でもないチェリエが、裏でフォローし続けてきたからなのであった。




