第11話 使用人の正体は王子様でした
「サ……」
サリュート様……!?
「しっ」
驚いて思わず振り向いたチェリエの唇に、背後にいた人物が人差し指を押し立ててくる。
そうして振り向いて確認した先にいたのは、チェリエが思った通り、トリギアの第二王子サリュート・トリギアその人であった。
「どうして、こんなところに……」
ぱっと見てわからないように多少変装はしているが、間違いなくサリュート本人である。
チェリエが倒れないように腰に手を当てて抱き寄せ、口元に人差し指を立てていたサリュートは、チェリエの「どうして?」という言葉を聞くと、立てていた人差し指をすっと引いて「……どうして?」とチェリエの言葉をそのままに繰り返した。
「……こうしてここに来るのに、チェリエに会いに来る以外の理由があると思う?」
どこか切なげな表情でそう告げるサリュートの言葉に、チェリエの胸がきゅっと痛む。
――それはそうだ。
そんなこと、考えなくてもわかることだ。
『どうして?』と尋ねることなど、愚問以外のなにものでもない。
「チェリエが学園に来なくなって、話を聞くと体調が悪くて伏せっていると言うし、それじゃあと見舞いに来ても会える状態じゃないと追い返されて。心配になるなって言う方が無理じゃない?」
心地よく優しく響くサリュートの声に、チェリエは申し訳なさと同時にほっと安心感を抱いた。
「……申し訳ありません、ご心配をおかけして……」
「謝らないで。とりあえず、元気そうな姿が見れてよかった」
サリュートのその言葉をきっかけに、場の空気がふっと和む。
そうなってようやく、チェリエはおずおずとサリュートの顔を見上げることができた。
「それに、その姿も可愛いね」
彼が可愛いというチェリエの姿は、動きやすい簡素なドレスに白いエプロンをつけ、髪が食材に落ちないよう軽く一括りに纏めた姿だ。
「様子を見に来たら、クッキーを作り出していたからびっくりした」
「あ、それは……。ずっと一人でいたら気が塞ぐと思ったから……」
チェリエの言葉に、「うん」と相槌をうったサリュートは、「いいよ、続けて」と言ってチェリエをを解放する。
それを、クッキー作りを続けて良いということなのだと理解したチェリエは、サリュートから離れると、戸棚から取ってもらった天板を受け取った。
「これは今日、ご相伴に預かれると思って待っていて良いのかな?」
サリュートの言葉に、まさか食べていってもらえると思っていなかったチェリエは、その事実を反応して心がふわっと浮き立ったのを感じた。
「……サリュート様のお時間があるのだったら、ぜひ食べていっていただきたいです」
「うん。じゃあそうしようかな」
そう言うとサリュートは、チェリエが作業を再開するのを楽しみにするように、にこにこと横に立つ。
それを見たチェリエは、サリュートと共に過ごす時間ができたことの嬉しさを押し隠しながら、寝かせていたクッキーのたねを取り出し、木の延べ棒で平らにならし始めた。
「……ご両親に、反対された?」
チェリエがクッキー生地を伸ばしていると、隣からサリュートが訊ねてくる。
「……はい」
嘘を吐いても仕方がないので、チェリエは正直に答えた。
遅かれ早かれ、サリュートにはわかることだ。
むしろ、
「わたくしの両親から、サリュート様に何か連絡がありましたか?」
と、サリュートが両親から無理難題を言われていないかと不安になったチェリエは、サリュートに聞き返した。
「連絡はあったよ。それで明日、マーキュリー侯爵と話をする予定になってる」
「…………」
サリュートの言葉に、チェリエは唇をきゅっと引き結ぶ。
おそらくその時、父はサリュートに『娘を娶る気がないならば、他所にはやらない』と話をするのだろう。
彼が父から話を切り出される前に、自分から伝えた方がよいだろうか――?
チェリエはそう考えて、だけど、それをサリュートに伝えることで、またチェリエのせいで厄介ごとが増えてしまったと辟易されないか、気後れしてしまう。
(……でも、お父様から伝えられる可能性があるのだもの。突然その場で言われるよりも、事前に情報はあったほうがきっと心の準備ができるわ)
――自分の身を守ることよりも、自分を守ろうとしてくれているサリュートを守りたい。
そう思ったチェリエは、サリュートの反応に不安を抱きながらも、明日、父から伝えられるかもしれないであろう情報をサリュートに伝えることにした。




