第10話 気分転換にクッキーを焼きます
(……あっという間に、3日も経ってしまった)
自室の窓から降り注ぐ晴れやかな日差しを受けて目覚めたチェリエは、外から響いてくる鳥の囀りを聞きながらゆっくりと起き上がる。
――あれから。
父の宣言通り部屋から出してもらえなくなったチェリエは、学園はおろか外に出ることもできず、使用人以外誰とも会うことのない生活を送っていた。
(サリュート様、きっと不審に思っていらっしゃるわよね……)
突然学園に来なくなった自分を、どうしたのかと心配しているだろう。
いや、それよりもむしろ、もう既に父がサリュートと連絡をとり、余計なことを願い出ているかもしれない。
つまりそれは、『娘を側近などではなく、妃として娶ってやってくれないか』と願い出ているということだ。
そんな光景を想像して、チェリエは思わず「はあ……」と深いため息を吐く。
(……サリュート様。わたくしのことを、面倒な家の娘だと思わないかしら)
少なくとも。
サリュートの手を煩わせてしまうことは間違いない。
彼が表立ってチェリエにそれを非難してくることはないだろうが、優しくて思いやりのある彼をそんなやっかいごとに巻き込んでしまったことに申し訳なさを抱かざるをえないチェリエなのだった。
(……ダメだわ。こんなにいつまでもうじうじとしていては)
この3日、何もできずにただじっとしているだけだった。
現状、これといって打てる手は何もないけれど、それでも少しでも体や手を動かして気持ちを立て直そうと思ったチェリエは、手始めに料理でもしてみようと思った。
(本当は、久しぶりに和食でも作って食べたかったけれど)
前世の記憶を思い出したことで、無性に馴染みのある味が恋しくなっていたチェリエだったが、残念ながらここには材料が揃っていないのでそれも叶わない。
なので、簡単にクッキーでも作ってみようと思い、チェリエは部屋を出た。
一応、謹慎中という立場ではあるが、2日もおとなしくしていたら屋敷内を彷徨くことは黙認してもらえるようになった。
それから、気分転換に厨房を使わせてもらいたいと願い出ると、それもあっさりと認めてもらえた。
もちろん、監視付きではあったが、変に部屋に閉じこもって怪しげなことをされるよりは、家の中で自由にさせてある程度ストレス解消をさせた方がいいと判断されたのだろう。
女性の使用人と交代してつけられた男性の監視役を前に、チェリエは厨房でクッキーを作る準備を始めた。
(……どうやったら、両親を納得させて、平穏無事にサリュート様についていくことができるのかしら)
黙々と材料を測りながら、チェリエは考える。
いっそ、家出でもしてサリュートのところに押しかけたらよいのだろうか。
きっと彼なら、チェリエが家出して押しかけても受け入れてくれるだろうとは思う。
だけどそれは結局、またサリュートを煩わせることになるし、チェリエの評判も落ちる。
ただでさえ評判の良くない自分なのに、更に評判を落とした上で他国に行くのはあまり良策とは思えない。
最終的に奥の手として使うことはあっても、それをするのは他にできる方法を試してからよねとチェリエは思う。
(――あら)
こねた生地を寝かせて、クッキーの型を抜く抜き型を探していると、可愛らしい花形の抜き型を見つけた。
さすが、花をモチーフにした乙女ゲームの世界だからなのだろうか。
どこにでも花モチーフのものを見つけることができるこの世界と、そうしてその抜き型のかわいらしさにチェリエは思わずくすりと笑いを漏らす。
とりあえずこの抜き型は使うことにしようとそれらをよけて、次に戸棚の高いところに仕舞われていたオーブンの天板を取ろうと背伸びをしながら手を伸ばした時、引き出した鉄の天板が思いのほか重たかったことで、チェリエはうっかり、ぐらりと後ろに向かって大きくバランスを崩した。
(やだ、いけない、倒れちゃう――)
チェリエがそう思いながら、内心で焦った時のことだ。
天板を手に取ったままのチェリエの背後から、覆いかぶさるようにして自分と天板を受け止めた人物がいた。
(――え?)
どこかで嗅いだことのある香りと、自らの肩にそっと添えられた温かい手。
五感で感じたその感覚に、チェリエは既視感を覚える。
それと同時に――、彼女を優しく抱き止めたその直ぐ頭の上から、
「――チェリエ」
と。
自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。




