第1話「期待と変装」④
「……うん、できたっ!」
スタジオの一角、待機スペースの鏡の前。
遊里君にヘアメイクと服を整えてもらった私は、今、自分でも見慣れない姿で立っている。
ニット帽を深めにかぶり、顔まわりの髪はすっかり隠れている。
首元もすっきり見えて、グレージュのパーカーは肩が落ちていて……
鏡に映っているのは、どう見ても『女子高生』ではない私。
「すごい……本当に、男の子に見える……?」
声に出してみたら、意外と冷静に聞こえた。
……いや、冷静に見せかけて、心臓はバクバク鳴ってるんだけど。
YouTubeの収録後、セナ君は別室で取材を受けているらしい。
この姿は、まだセナ君には見せていない。
セナ君、どんな顔するかな……
反応が見たいような怖いような。
なんて考えていると、部屋の向こうからセナ君の声が聞こえてきて、思わず背筋がビクッとなる。
「……あれ?」
聞き慣れた低めの声に、体が固まる。
自然に見えたくて、でも不自然なほど挙動不審になる。
ああもう、どうしたらいいの……!
「……誰?」
スタジオに入ってきたセナ君が、一瞬立ち止まった気配がする。
その声に、私の心臓が跳ねる。
『誰?』って私のことだよね?
え、まさか……わかってない?本当に?
「……ちょ、マジで誰?」
セナ君の足音が、ゆっくりと近づいてくる。
顔を上げられない。
というか、目が合わせられない。
けど、見られたい。
本当は、ちゃんと見てほしい。
そんな自分に気づいて、ちょっとだけ笑ってしまう。
「……奏?」
「ピンポンピンポンピンポーーン!!」
小さな声に被せるように、真央君が正解のコールを連呼する。
ゆっくり顔を上げると、私の顔をじっと見つめるセナ君と目が合う。
「凄い……セナ君でも気が付かないなんて……!」
「……嘘だろ、マジで?お前、何それ……ヤバ……」
「でしょ!?マジでバレないよこれ!ボクが手がけた中で一番の出来!!」
口元に手を当てて、言葉を探しているような……でも明らかに動揺しているその姿に、私の方が動揺する。
「え、変……?」
「……変じゃねぇ。てか、えーーー……」
恐る恐る聞くと、セナ君はしばらく黙ったあと、ゆっくりと首を横に振った。
ぽそっと呟くその声が、やけに真剣で。
耳の奥がじんと熱くなる。
「ぷっ……そんな顔しないでよ」
「こっちのセリフだわ。ほんと、何作ってくれてんだよ……」
思わず小さくそう返した声が、笑いを堪えきれず震えていたのを、自分でもわかっていた。
「お待たせ〜〜!!」
遊里君と真央君がキャリーとトートを抱えてスタジオのエントランスに現れる。
振り返ると、すでに車を回してきていたセナ君が、ドアの向こうからじっと私を見ていた。
でもその目は、なんだかずっと細めたまま……
「……笑ってる?」
「笑ってねぇし……」
「え、変じゃない……?」
「変じゃねぇって。むしろ……お前ほんと……」
えぇ……
荷物をトランクに積み終えて、運転席にセナ君、助手席には私。
後部座席には遊里君と真央君が並び、出発早々、車内は騒がしくなる。
「ねぇねぇ!今日、絶叫系乗る!?あとヴィランズのショーも見たい!」
「えっ、全部回れる!?パレードの場所取りもしたいし、お土産も買いたいんやけど!?」
「なあ……」
セナ君が軽くため息をついて、バックミラー越しに後部座席を睨む。
「オレ引率じゃねーぞ」
「え〜〜、違うの?セナさんパパって呼ぶから!ね、奏ちゃんママでしょ!?」
「うるせぇ。あと運転中に騒ぎすぎんな」
そう言いながらも、どこか楽しそうに見える。
助手席からちらっと見上げた横顔は、少しだけ笑っていた。
三人のやり取りを聞いてるだけで楽しくて、本当に遠足に向かう子供の気分になってしまい、落ち着かないと……と思いながら窓の外を眺めながら、ふわっと息を吐いた。
高速道路からパークのお城が見えてくると、自然と胸がドキドキしてくる。
午後の日差しは少し柔らかくなっていて、秋の空気が心地いい。
「お前ら、はしゃぎすぎ」
セナ君が、後部座席でわちゃわちゃしている二人をミラー越しに睨んでいる。
でも、声に全然キレがなくて……
「だって〜!久々のランドだし!テンション上がるでしょ〜!」
「てか14時入園とか、逆に『大人の余裕』って感じしない?ナイトメインで行くみたいな〜!」
本当に……夢の国に来ちゃったんだ……
思わず、助手席で帽子を少し深めにかぶり直す。
こんな格好で来ているだけでも信じられないのに……本当にみんなとパークに入って大丈夫なのか……不安が押し寄せてくる。
※本作はシリーズ作品です。
1巻から通して読んでいただくことで、登場人物たちの心情や関係性の変化がより伝わる構成になっています。
よろしければ、シリーズ一覧もあわせてご覧ください。
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