第7話「試験と鐘」④
翌日。
試験の余韻と疲れがまだ体に残っているせいか、午前中はずっとダラダラ過ごしてしまい……
午後、スマホが震える。
八神さんからの短いメッセージ……
「急で悪いけど、今日少し時間作れますか?会って直接お願いしたいことがあります」
胸の奥がざわつく。
セナ君に聞いても「会った時に話す」としか言わない。
指定された時間に行くと、会議室の前で八神さんが待っていた。
無言でドアを開けられ、中に足を踏み入れる。
長テーブルの向こうには、スターライトパレードのメンバー全員と、何度か顔を合わせているプロデューサー。
張り詰めた空気に、冗談を挟む余裕なんてない。
「……座ってくれる?」
短い沈黙の後、プロデューサーが口を開く。
「スターライトパレードの前作の売り上げが伸びなかったのは知っていると思うが……」
正直、売り上げの数字はあまり気にしたことがなかった。
でも、私が関わるようになってから最低だったと、以前セナ君から聞いていた。
「もちろん私たち全員の責任だ。だが……次は絶対に外せない。
大学入試が終わったばかりだと聞いているが、次の新曲は音羽奏さんにお願いしたい」
一斉に注がれる視線。
セナ君も、メンバーも、真っ直ぐにこちらを見据えている。
プロデューサーの声が続く。
「ドラマのタイアップも決まっている。キャッチーで耳に残り、一度聴いたら口ずさみたくなる曲。
ポップで勢いがあって、それでいて彼ららしい一曲だ」
呼吸が浅くなるのを感じた。
これはコンペじゃない。
私にしか作れないと、全員が思ってくれている……その重さが痛いほど伝わる。
「……少し、考えてもいいですか」
会議室を出ても、足元がふわふわしていた。
「奏、この後、オレら上でレッスンなんだけど、時間ある?」
「あ、うん」
レッスンスタジオですでにレッスンを始めるメンバーを眺めながら、邪魔にならなよう隅に座り見学する私に、玲央さんが話しかけてくる。
「奏ちゃん、その頬どうしたの?大丈夫?」
「ちょっと……ぶつけちゃって」
あの後の腫れはまだ引かず、絆創膏が目立つ。
「奏、お茶飲め」
セナ君がペットボトルを差し出す。
「ふっ、そんな警戒しなくても大丈夫だって」
「……うるせーよ」
そう言いながら、セナ君の肩をポンと叩き、玲央さんもレッスンに加わる。
セナ君が隣でストレッチをしながら、ふと口を開いた。
「二つ返事で引き受けてくれると思った」
……私もそう思ってた。
いつもみたいにコンペで採用されるのか、ドキドキして待たなくて済むんだもん。
今までの曲は売り上げとか、全然考えてなくて……
でも今回は違う。
「コンペは……もし私がダメでも他の人で良い曲があると思うから……」
私がみんなに歌って欲しいと思う曲を作って来ただけだから。 もし思ったような曲ができなかったら?
「今回は……少し、怖い」
「オレは、お前の曲なら文句なんか言わねーよ」
……あの日のやり取りがよぎる。
『オレは『代表曲』が欲しいって言ったんだけど!?』
『でも……これは、お前の音じゃない』
『南條なんかの音で満足してんなよ』
「そう!?結構言われてきたけど!?」
セナ君も思い出したのか視線を逸らす
「それに、『キャッチー』って改めて言われると難しい」
「そう?」
耳に残って、一度聴いたら口ずさみたくなる曲。
覚えやすくて、忘れられないようなメロディーや歌詞。
考えれば考えるほど狙って作るのって難しい……
「んな難しく考えるなよ。オレとお前のことだって、十分キャッチーじゃね?」
「え?」
「全然正攻法が通じないところとか。マジで初めてなんだけど」
正攻法って。ゲームじゃないんだから、と言い返そうとして飲み込む。
「でも、全部が楽しい感じっつーか」
「……楽しいの?」
その言葉が、胸の奥にじんわりと沈んでいく。
初めてのケンカも、初めてのキスも、全部セナ君とだった。
恋をして、キスをして、すれ違って、肌を重ねたのも……
全部セナ君とが初めてなんだよ。
「……ごめん!すぐピアノ弾きたくて帰るね!」
「は?」
自分でも驚くほど心臓が早く打っている。
鞄を掴んで、上着を羽織って、足元に目もくれず立ち上がる。
ドアを開ける手が少し冷たいのは、きっと緊張のせいだ。
「今日はありがとう!!」
ドアを閉めた瞬間、ふと大事なことを思い出す。
慌てて戻り、勢いよくドアを開けた。
「あの!八神さんに、曲、がんばりますって伝えて欲しい!」
それだけ言って、また走り出す。
今はゲームみたいに余裕なんて持てないけれど……
セナ君がくれた気持ちは、全部が砂糖菓子みたいに甘くて、溶けてしまいそうで。
キャッチーな曲になるかは分からない。
でも、その甘さをそのまま音にした……そんな曲を作りたいと思った。
※本作はシリーズ作品です。
1巻から通して読んでいただくことで、登場人物たちの心情や関係性の変化がより伝わる構成になっています。
よろしければ、シリーズ一覧もあわせてご覧ください。
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