第6話「誕生日と卒業式」④
「ホテルでルームサービスのランチって、初めて」
「オレも」
……怪しい。
そんな顔をした私を見て、セナ君が口元をゆるめる。
「初めて来たって言ってんじゃん」
わざと軽く笑う声に、少しだけ肩の力が抜けた。
食事を終えると、セナ君は時計をちらりと見て立ち上がる。
「一人にして悪いけど、午後、撮影があるんだ」
「……うん」
「一応、スパも予約してあるけど」
「スパ!?」
「八時には戻るから、ゆっくりしててもいいし」
そう言って、髪を軽く撫でてくれる。
「……ほんとに、ここでゆっくりしてていいの?」
「外出てもいいけど、迷子になんなよ」
からかうような笑みを残して、部屋を出て行く。
静まり返った広い部屋に、私ひとり。
窓の外には、昼下がりの東京。
遠くの雲が、ゆっくりと形を変えていく。
ルームサービスの食器を片付けてもらったあと、景色をぼんやりと眺める。
「……いいのかな、こんな贅沢」
案内されたスパは、木と石を基調にした静かな空間だった。
廊下に並ぶ淡い灯り。
白檀と柑橘の香りが、ほのかに混じる。
トリートメントルームの引き戸を開けると、低く流れる音楽。
ふかふかのベッドに横たわると、セラピストが温めたオイルを肩にそっと落とす。
背中をなぞるたび、呼吸が深くなり、頭の中がふっと空っぽになっていく。
最後に温かいタオルで首筋を包まれたとき、全身がじんわりと溶けるようだった。
施術後、ハーブティーを片手に窓の外を見下ろす。
午後の光がビルの屋上をかすめ、ゆっくりと影を伸ばしている。
部屋に戻ると、ベッドの上に白い箱と紙袋が置かれていた。
リボンを解くと、くすみピンクのパーティドレスと靴、それに小さなカード。
『制服のままだと目立つから。午後はこれ着てゆっくりしてろ。』
鏡の前でドレスを当ててみると、サイズはぴったり。
……なんで、ここまでサイズを知ってるの。
セナ君には、きっと何も隠せない。
着替えを終えても落ち着かないまま、窓の外の夕暮れを見つめる。
携帯を見れば、まだ約束の時間まで三時間以上。
心臓の音だけが、やけに速い。
友達からのLINEに返事をしていると、窓の外はすっかり夜景に変わっていた。
コンコンコン…とノックの音が部屋に響く。
「……入っていい?」
ドアの向こうから低い声。
開いた扉から現れたのは、黒のジャケットを羽織ったセナ君。
昼間のスーツよりもラフなのに、存在感が強すぎて目が離せない。
「お仕事、お疲れ様」
「ちゃんと着てたな」
口元がわずかに上がり、ゆっくりと歩み寄ってくる。
ヒールを履いているのに、至近距離で見上げる高さ。
「……似合ってる。やっぱりこれにして正解」
低い声と同時に、腰に手が回る。心臓が跳ね、息が詰まる。
何度も抱きしめられてるのに、緊張してしまう。
「ご飯、部屋でいい?外行くとまた目立つし」
「……うん」
「じゃあ、今日はずっとここな」
ソファまで手を引かれ、広い部屋が昼間とは違う温かさに包まれる。
東京の夜景を背に、セナ君の視線はずっと私から離してくれない。
やがてスタッフがコース料理を運び込む。
銀の蓋が外れるたび、香りが広がる。
食事の間、何度も私の髪や手にさりげなく触れられる。
ナイフとフォークを置くたび、視線が絡み合い、胸の奥がじわじわ熱を帯びる。
デザートを口に運んだ時、低い声が落ちた。
「……もう、離さないから」
そのまま首筋に軽く唇が触れると、一瞬で体温が跳ね上がる。
気づけば、彼の手がそっと私の腰を引き寄せられる。
ベッドサイドまでの記憶は、蕩けるようにあやふやに。
ただ、背中に回された腕の強さと、耳元で落とされた低い声だけが、鮮明に残っている。
時間の感覚がなくなるほど長く、近く、深く……
その夜のことは、きっと私だけの秘密。
※本作はシリーズ作品です。
1巻から通して読んでいただくことで、登場人物たちの心情や関係性の変化がより伝わる構成になっています。
よろしければ、シリーズ一覧もあわせてご覧ください。
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