第5話「母と息子」④
明日から新学期……
セナ君が仕事に向かったあと、課題を進めていると、携帯が震えた。
画面には『パパ』の文字。
「もしもし。……うん、わかった。今から行くね」
急いでタクシーを呼び、パパの会社が経営するお店へ向かう。
そこは以前、セナ君が私に機材一式を買ってくれた場所だった。
「ほら!言った通り来たじゃん!」
店内に足を踏み入れるなり、この前初めて会ったセナ君の妹さんが声を上げる。
……何となく、あの時からこうなる予感はしていた。
南條さんのときにも感じた、あの値踏みするような視線。
セナ君のお母さんと妹さんからも、同じ匂いがする。
「ねー、あなたの彼氏の妹だって言ってるのに、店員の態度ちょー悪いんだけど」
「本当に。客の私たちが、なんで店員の教育までしなきゃいけないのよ」
「すいません、他のお客様のご迷惑になるので……」
スタッフがそう言って、彼女たちを店舗の端へ誘導する。
その間も、止まらない彼女たちの口からはクレームの嵐。
いかにスタッフの態度がなってないかを、延々と捲し立てる声が響く。
「父の会社と私は無関係なんです。今日はどういったご用件でしょうか?」
「お兄ちゃんから聞いてない?私、留学したいの」
「だから、楽器とか他にも色々?融通してもらえない?」
留学?
セナ君の家で少しだけ妹さんの演奏を聴いたけれど……とてもそのレベルだとは思えないし。
そして、『色々』って。はっきり言えばいいのに。
「ピアノ、やってらっしゃるんですよね?奇遇ですね。私もなんです」
「あのキーボード、あなたのなんだっけ?」
「でも、あなたと同じレベルで考えないで欲しいわ」
自分の演奏力も表現力もわからない人がピアノを語ることが、こんなにも滑稽に見えるなんて。
この日まで知らなかったし、知りたくもなかった。
無性に苛立ちと嫌悪感が湧いてくる。
「でしたら、来月にある藝大の試験を見にいらしてください。
演奏を聴いていただければ、色々わかることもあるかと思います」
そう言った瞬間、二人の表情がわずかに変わる。
ギラギラした目付きに、興奮と高揚した表情を隠そうともしない。
誰かを利用することに躊躇のない、下品な品性が垣間見える。
私にどんな目で見られているのかも気が付かないまま、言いたい方で言って気が済んだのか、やっとお店から出て行く背中を見送る。
私なんかより努力している人が、たくさんいる。
人生を懸けて試験に臨む人たちがいる。
その人たちの演奏を聴けば、生半可な言葉で音楽や人生を語ることが、どれだけ失礼かわかるはずだから。
久しぶりに、自分の家に帰ると、悩みながらスマホに手を伸ばし、今日あったことをセナ君に伝えると、すぐにスマホが震えだす。
『奏!悪い。親父さんのとこまで行くなんて……』
「ううん、大丈夫だよ」
セナ君はきっと、自分を責めるってわかっていた。
でも……
「藝大の試験の発表会に、セナ君のお母さんをご招待したの」
『は?なんで……』
「セナ君、お母さんと妹さん、コテンパンにしていい?」
電話の向こうに、短い沈黙が落ちる。
「ダメって言われてもするから。その後は、セナ君が決めることだよ」
『……オレが……』
「このまま、セナ君だけが傷つくの、私は嫌なの」
三学期が始まると、学校の行事以外は自宅での課題や、白岩先生の教室との往復。
模擬の実技、本番を想定したリハーサル。気持ちは試験へと一直線。
毎週末通えていたセナ君の家にも、なかなか行けない日々が続く。
それでも毎日LINEをして、少しだけ通話もして。
そして……どうしても一緒に過ごしたかった日が近づいてくる。
セナ君の誕生日。
※本作はシリーズ作品です。
1巻から通して読んでいただくことで、登場人物たちの心情や関係性の変化がより伝わる構成になっています。
よろしければ、シリーズ一覧もあわせてご覧ください。
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