第5話「母と息子」③
「セナ君、おかえりなさい。お仕事、お疲れ様」
玄関のドアが開いた瞬間、私は立ち上がって出迎えた。
「……奏……なんで……」
驚きと、少し戸惑いの混じった声。
「だって、冬休み中ずっとここにいて。って言ったのはセナ君だよ?」
そっと頬に手を伸ばすと、ひんやりした肌が指先に触れると、その冷たさが、少しずつ私の手の温もりで和らいでいく。
「外、寒くなかった?」
「……寒かった」
そう言いながら、私の肩に顔を埋めてくる。
その仕草に、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
「奏、ごめん……」
ふわりと漂う彼の匂い。柔らかい髪が頬をくすぐる。
「セナ君が謝ることなんて、何もないよ?」
……私の大好きな人に、こんな顔をさせる人を、絶対に許せない。心からそう思った。
温かいコーヒーを挟んで、少しずつセナ君が話し始める。
両親は黒髪黒目。
なのに、生まれたセナ君は金髪で碧眼……赤ん坊の頃は完全に外国人のようだったこと。
「そのせいで、ずっと浮気して産まれた子供だって、DNA鑑定で違うって証明されるまで言われ続けたんだ」
……子供の頃、ずっと。
「結局、いつ死んだかもわからないくらい昔のじーさんがヨーロッパの人でさ。覚醒遺伝ってやつ」
自嘲気味に笑うけれど、目は笑っていなかった。
「まぁ、死ぬ気で産んだ子供のせいで浮気疑われて、あの人も災難だよな。
……気持ち悪い色って当たりたくなるのも仕方ねーなって」
そんな、自分で自分を傷つけるような言い方……やめてよ……
「浮気の疑いが晴れて、妹の美鈴が産まれたら、更に当たりが強くなってさ。オレの部屋も無くなって。
居場所を探して、事務所のオーディション受けたってわけ」
そんなことがあったなんて、全く知らなくて。
喉の奥が張り付いたみたいになって、言葉が出てこない。
「んな顔すんなって……それがあったから、メンバーに会えて、今お前とこうしてられんだから」
その時、私はただただ好きなピアノを、何の不安もなく弾いていただけだった。
同じ時間、セナ君は……どこにも居場所のない孤独と闘っていたんだ。
「……子供の時のセナ君のそばにいてあげたかった……」
「……あの時、お前6歳だしな」
「私は、6歳でも……きっと好きになってたよ?」
「マジ?」
「……うん。だめ?」
しばらく考え込んでから……
「想像したら、メチャクチャ可愛かったわ」
「ぷっ。ホント?」
「ライブでさ、ちっさい子がウチワ持ってんの、スッゲー可愛いのな」
そう言って、伸ばされた腕に軽々と膝に抱き上げる。
「ね、あんなに小さい女の子でも、ちゃんとみんなに恋する女の子してて可愛いよね」
「そっか、あん時知り合ってたら、一緒に学校行ったりしたんかな。ちょっと損した気分だわ」
「……そういうのも、楽しそうじゃない?」
ありもしないお互いの子供時代を擦り合わせて、少しでもその頃のセナ君が救われないかな。
私が救ってあげれたら良かったのに。
「たまには、甘えてね?」
「……それ、オレにとってはハードル高いわ」
「えっ、そう?」
「……普段から甘えてると思ってんの?」
ふいに視線を伏せた頬が、うっすら赤い。
「いや、黙るなよ。ちがくね!?マジで!?!?」
慌てて否定する顔が、なんだかおかしくて笑ってしまう。
「じゃあ……今、練習しよ?」
そう言いながら、両手を思い切り広げて見せる。
「えー。や、マジで恥ずっ……」
照れながら、不器用に頭を肩に預けて、ゆっくり私の腕の中に入ってくるセナ君が、いつも以上に愛しく思えてくる。
「……奏、あったけぇ」
「ふふ。セナ君も」
「……あったかいって思えるの、奏だけなんだよな」
ぽつりと落ちた言葉が、まっすぐ胸に届く。
ひょっとしたら……セナ君はお母さんに抱きしめてもらったこともないのかもしれない。
そう思うだけで胸が苦しくなって、誤魔化すようにぎゅっと抱きしめる腕に力を込める。
「……ねぇ、セナ君」
「なに」
「ちょっと、ドキドキしてるの、バレてない?」
「うん、バレてる。てか、オレもしてるし」
その言い方に、また顔が熱くなる。
彼は得意げに笑って、私の髪にふわりとキスを落とした。
やわらかくて、くすぐったくて……全部がくすぐったい。
何度でも抱きしめようと思った。
セナ君が今まで家族からもらえなかった分、丸ごと全部、私で埋めてあげたい。
そう思いながら、時間を忘れて抱きしめ続けた。
※本作はシリーズ作品です。
1巻から通して読んでいただくことで、登場人物たちの心情や関係性の変化がより伝わる構成になっています。
よろしければ、シリーズ一覧もあわせてご覧ください。
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