第3話「イブと報告」④
クリスマス特有の街並みを感じながら、セナ君のマンションへ向かう川沿いを歩く。
もう何度、この道を通ってセナ君のマンションに向かっただろう。
頭の中にはどこからか流れてくるクリスマスソングの譜面が並ぶ。
今年は、初めての恋人と過ごすクリスマス。
寒い空気を感じながらも、足取りはどこか軽い。
セナ君が帰ってくるまでに、ピアノの練習と課題を進めよう。
昨年のクリスマスを思い出すと、少し胸が痛む。
けれど……普段は無くすのが怖くてつけられない、セナ君からもらったピアスと右手の指輪が、そんな気持ちを打ち消してくれる気がした。
「おじゃましまーす……」
相変わらず、ドアを開ける瞬間は緊張する。
ブーツを揃えて部屋に入った。
リビングのテーブルには小さな可愛いツリーが飾られている。
ふと気になって冷蔵庫を開けると、いつも用意してくれている私用のサラダや果物のほかに、クリスマスらしい料理や白いケーキの箱が入っている。
セナ君も、今日を楽しみにしてくれている。そのことが伝わって、自然と笑みがこぼれてしまう。
「課題、やっちゃおう」
時間は気がつけば、夜7時。
BGM代わりにつけていたテレビには、スターライトパレードが出演する音楽番組が映っている。
先日リリースされた新曲が流れていた。
パフォーマンスは……文句なしに格好いい。
……なのに。
何が、ダメだったんだろう。
数字が伸びなかった理由。
ファンがざわついていた理由。
セナ君が『インパクトに欠けるかも』と言った理由。
全部、聴けば聴くほどわかってしまう。
私なら、どうしただろう。
ふと、課題の手を止め、キーボードに手を伸ばす。
Logicも開いていない、ただ鍵盤だけのモードで……
意識せず弾き出していた。
譜割りが噛み合っていない。
音域が合っていない。
テンポが走りすぎる。
コードが揺れない。
展開に伏線がない。
誰が歌ってもいい曲になってしまっている。
スターライトパレードの声は、機械的なAメロに収まる音じゃない。
椿さんのロングトーン、怜央さんのビブラート、信さんの真っ直ぐな歌声、蓮君の甘さ、真央君の跳ねるリズム、遊里君のハイトーン……
みんなの個性を全部無視したような、無個性な構成。
そして何より……
セナ君の声が、引っかかって聴こえた。
それだけで、手は止まらなかった。
流れるように、指が走る。
コードを入れ替え、メロディに意志を乗せる。
誰でも歌える曲じゃなく、この人にしか歌えない曲に変えていく。
私が今つくっているのは、曲じゃない。
解答例でもなく、ただの衝動。
もっとドラマチックに。
もっと呼吸を入れて。
もっと、届くように……
気づけば、キーボードの前に1時間以上座っていた。
無意識のまま、何小節も重ねていた。
「……ただいま」
背中にふいに落ちてきた、セナ君の声。
「わっ!……あ、お帰りなさい。あれ?今さっきTVに……」
「あぁ、それ録画」
「そうなんだ……ごめんなさい、夢中になって出迎えられなかった」
「そんなんいいって。……ってか、え?あの曲のピアノアレンジ?」
アレンジなんて大層なものじゃない。
思うまま弾いていただけなのに……聞かれていたと知って、急に恥ずかしくなる。
「アレンジ……というか、殴り弾きというか……」
「いや。そんなアプローチあるんだな、ってちょっとビックリした」
「ありがとう。……ちょっとは勉強の成果、出てるかな?」
「もっとなんか弾いてよ」
座っている椅子に、抱えるようにセナ君が腰掛けてくる。
帰ってきたばかりの冷えた体温が、背中越しに伝わる。
「でも、セナ君冷えてるよ。お風呂とかで先に温まったほうが……」
「ん、平気。今、奏で暖取ってっから。少しだけ」
「……じゃあ、少しだけ……」
いつか聴いた『shooting stars』のクリスマスアレンジを思い出しながら、私が作った曲を即興でアレンジして弾く。
時折、セナ君が口ずさむ吐息が、首筋をどうしようもなくくすぐってくる。
少しだけ外の匂いが混ざるセナ君の体温が、少しづつ部屋の温度と混ざり合う。
ご飯もケーキもなくても、一緒にいられるだけで、もう十分に素敵なクリスマスだと思えた。
※本作はシリーズ作品です。
1巻から通して読んでいただくことで、登場人物たちの心情や関係性の変化がより伝わる構成になっています。
よろしければ、シリーズ一覧もあわせてご覧ください。
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