3.
最終話
麻美さんはほんと、河童に優しい人だったね。
湯船の水は毎日替えてくれたし、酒も自由に飲ましてくれた。
あと「お酒のアテにどうぞ」ってキュウリの浅漬けを出してくれた。別に好きじゃないんだけど、ま、ご好意だからありがたくいただいたよ。
そうして、“人馴れ月” の八月はあっという間に過ぎ、なし崩し的に九月も居候しちまって、十月はもう、おいらの方がシャワーで水浴びるだけでよくなった。
で、だんだん身体が人間っぽくなってきたせいか、冬は熱燗がおいしく感じられるようになって、正月は炬燵に入って差しつ差されつを楽しむ間柄にまでなったってわけ。
あ、そういやクマコウのやつエライ勘違いしてて、麻美さんは、どこへも出かけないで毎んちここで暮らしてるんだ。クマコウが見たのは、こっちに来て間もないころ、温泉に泊まりに行ったときだったんだろう。麻美さん、温泉で熊を見たって言ってたからね。
で、麻美さんの仕事だけど、小説を書いてるんだってさ。
でもなんか、ちっとも売れないって悩んでたから、おいら『苔を食んで命を悟る』って河童のことわざを教えてあげた。
これって、なんも食いもんがなくなって苔だけで何年も生きて、初めて、河童は命の尊さを知るって意味だ。要するに、河童はキュウリ化現象ができてナンボって話。
でも麻美さんにキュウリ化現象は無理だから一緒に考えたよ。なにしろ貯金はどんどん減ってるみたいだったし、苔だけじゃ生きていけないってんだから人間はツライやね。
で、いっぱい相談して、出した結論が、ふたりして居酒屋を始めるってこと。
なんせおいら、自然のものを捌くのは得意だからさ。なあに、海の魚だって要領は一緒だし、山菜と地場の野菜だって似たようなもんだ。
その日から、麻美さんがメニューを考え、おいらが試作して麻美さんに試食してもらって何度何度も作り直して……。んで、街に小さなお店を借りることもできて、ようやく開店準備は整った。
あとは店名だ。
こいつぁふたりの意見がぴったり一致したね。
思わずハモっちゃったもん、「河童!」てね。ふたりで手を叩いて大笑い。即決だ。
そうそう、『河童』って名前の居酒屋、いろんなとこにあるだろ? 何軒もさ。ま、だいたいの経緯は、おいら達と似たり寄ったりなんだよ。何しろ河童は人好きの酒好きだからね、自慢じゃないけど。
あとなんか『狸』って居酒屋も多いらしいけど……、そいつはまあ狸に聞いておくんなさいまし。
《了》




