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すきま時間の短編【人馴れ月】  作者: 伊藤宏


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2/3

2.

この短編は3話で完結します。

 入ってみるてえと、外見だけじゃなく、室内までちゃあんと古かった。外も内も、正真正銘の古家(ふるいえ)だ。

 でも、きれいにしてる。

 心がきれいなんだね、麻美さんって人は。

 それにクマコウが勧めるだけあって風呂がいい。ユニットバスだったらどうしようって心配したけど、湯船はなんと、古い(ひのき)造りだった。

 さっそく水を溜めて身体を沈めてみると、古い森の匂いがじんわりと水に融けてきて、心から落ち着いた。


 落ち着いたところで、おいら、調子ん乗った。

 どうしようもなく酒が飲みたくなったってわけ。

 あのね、河童はね、酒が好きなの。これはもう病気みたいなもんでさ、しょうがないわけ。わかって~。


 おいらは台所に行って酒を探したよ。したら、あった。今どきの女はひとりでも飲むんだねぇ。おいらその酒を徳利に入れて……、あぁもちろん冷やだよ冷や。それと、ぐい飲みも探してお盆に乗せていそいそと風呂場に戻った。ちょいとばかし廊下と台所が濡れちまったけど、そいつはまあ、ご容赦願おうじゃないの。

 

 で、水風呂にお盆を浮かべて一杯やってたら、びっくりしたね。

 ガラガラって玄関の引き戸を開ける音がする。

 しばらくして「あれぇ?」って女の声がした。麻美(あさみ)さんだ。やば、廊下、濡れたまんまで拭いてないや。叱られたらどうしよう、ってんで、おいらは頭のてっぺんを水面に残して湯船に沈み、水のなかから手を伸ばしてぴっちりと蓋を閉めた。


 とんとんって廊下を歩く音がして、風呂場の戸が開けられた。

 「あれぇ? もしかして」

 おいらは息を潜めた、ていっても水のなかだけどね。

 「もしかして、大家さんが言ってた通り? よおし!」

 

 ん? なんか、カチって音がした……。

 うそ、今の音って追い炊き? おいおい(ゆだ)っちまうよぉ!

 おいらは想像しただけで熱くなって、慌てて湯船から飛び出した。


 「あっはぁ、うそみたい! 大家さんが言ってた通りだ、河童だぁ」

 麻美さんは手を叩いて大笑いし始めた。


 「ごめんね脅かして。うん、いいよ居ても。夏はあたしシャワーで充分だし、湯船は河童さんに貸したげる」

 こんなモノ分かりのいい人間がいるなんて、おいら412年生きてきて初めて知ったぞ。


 こうして、麻美さんとの共同生活が始まった。



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