1.
この短編は3話で完結します。
河童は想像上の生きもの……、というかそもそも妖怪だ。
だから「目撃した!」なんて言うやつがいたら、そりゃあとんでもないホラ吹きだし、そもそも河童は、川で溺れそうになった人の、水中に引き込まれそうになった恐怖体験が作り出した幻影である。
……と、世のなかでは理解されているようだがね、実は違う。
なんでって? こうして当の河童がそう言っているんだから、こんな確かなことはない。だろ?
巷では『河童はキュウリが好き』ってことになってるようだが、それは違う。
なんせ、おいらは川に棲んでるからね。長いこと川藻や苔なんかを食べてると保護色ってえの? 身体が細くなってキュウリみたく緑色になるってわけさ。これ、河童のキュウリ化現象っていうんだけど、実はこれ、修行の成果なんだ。
だいたいさ、川に棲んでんのにキュウリが手に入るわけがない。ないでしょ? 川にキュウリ。
まったく人ってのは勝手な想像ばかりする。
河童は相撲が好きだとか? 頭の皿の水がなくなると死んじまうとかって、言いたい放題だ。
あのね、頭に乗ってんのは皿じゃなくってただのアタマ、アタマの一部! 河童は水に潜るときてっぺんだけ出す癖があって、その渇いたとこが皿に見えるってだけ。
それに河童はもともと人間に近い生きものなんだ。だから “人馴れ月” があるし、人と生活した河童は、ときに人間と見分けがつかなくなる。そんなことも知らないんだから、ったく。
“人馴れ月” が何かって?
あ、そうか、そっからか。
あのね、“人馴れ月” ってのは、河童が人間と同族であるってことを忘れないために、各々どっか月を決めて、ひと月のあいだ人間と暮らさなきゃなんないって決まりさ。ま、いってみりゃ河童界の掟よ。
少し前まではね、冬に “人馴れ月” を過ごす河童が多かったのさ。河童は寒いくらいの方が好きだからね。夏は大人しくしてる河童が多かった。
でも地球温暖化で事情が変わった。特に八月だ。もう暑いわ川の水は干上がるわで死活問題なんだわ。
んで、おいらの場合、ここ数年、八月を “人馴れ月” にしてんだ。避暑を兼ねてね。こういう河童って、最近多いよ。
どうするかって? そりゃあ人んちに忍び込んでさ、湯船に水張って浸かるんだよ。まあこれだと、ほとんど人と接しないんでズルなんだけどね。でも今どき、まじめに “人馴れ月” をやらない河童もいる。バレなきゃいいってんでさ。
でもまあ、おいらはまじめな河童なんでやるんだけど、これ、家の選択が難しいんだわ。
ずっと人がいたんじゃ無理だから留守宅が理想なんだよ。
え? しょうがないだろ、こう見えてシャイなんだから。
てなわけで、去年まで使ってたのは人が放棄した廃屋だ。しかも水道がまだ奇跡的に通ってたんで天国だったんだけど、先月、とうとう取り壊されちまった。
で、今年は適当な家を探すとこから始めなきゃならないってんで、涼しい夜中に歩き回ってたら、水を飲みにきてたヒグマのクマコウに会った。
「どっかいいウチないかねぇ」
て訊ねたときのこと、クマコウのやつ、
「富岡さんちがいいんじゃね」
て教えてくれた。
なんでもそこの主は若い女で、週のうち四、五日は町の旅館で住み込みで働いて、休みの日だけ、その古家にやってきて静かな暮らしを楽しむってんだ。女が家にいる日はなんか策を考えなくちゃなんないが、ま、何とかなるだろ。
にしてもな、うら若い娘が都会からきて家賃五千円で古家を借りて……、へっ、優雅なご身分だぜ。ま、そんなこたぁ河童にはどうでもいい話だけどね。
おいらはさっそく、富岡麻美さん宅の風呂場を今年の避暑地、兼 “人馴れ月” を過ごす場所と決めて乗り込んだ。もちろん鍵は掛かってたけどね、なあに忍び込むのは簡単さ、身体を薄くしてドアの下の隙間からするっとね。




