水の音
誤字などが多いかもしれませんが、楽しんでいただければ幸いです。
ぽちゃんと水滴が落ちる。
古いアパートは、水道のしまりが悪く、桶に水が落ちる音がずっとしている。
最近はその音を聞いているうちに眠りに付けるため、わざと水道を緩めたりしている。
なにせ、私の夜の音の子守歌だ。
騒がしい昼の音が去り、誰もが寝静まった暗闇が私の夜だ。
蛙がいるあぜ道も酔っ払いがたむろする繁華街も無い。
中途半端な田舎は、とてもとても静かだ。
おかしなことに春は意外と騒がしい。
自己主張の強いバイクの音が辺り一帯に響き、愉快なサイレンも追走するように続く。
そして風の強い日の多い冬は水の音など聞こえない。
だからとても静かな日が多いのは夏なのだ。
流石に毎日静かというわけではないが、夏の静かな日がとても印象的なのだ。
そんな話を兄にしたら、兄は首を傾げた。
建付けが悪いのか、些細な風でも天井がきしむ。
人が来ると足音が響くから静かな日など無い。
兄はそう主張した。
むしろ夏の方が人が来ることが多い。
兄は不機嫌そうに顔を歪めて言った。
私はそこまで人が来ることを知らなかったので驚いてしまった。
何気ない価値観の共有も私にとっては日々の日常で、おそらく幸せの一つなのだろう。
私は兄と二人暮らしで、両親は遠くの田舎にいる。
そこまで裕福ではないが、兄と二人育ててもらえているのだから恵まれている。
きっと、この時間もかけがえのないものだ。
この小さな幸せがある、平凡な日々を大事にしよう。
俺の実家は古いアパートだ。
古く建付けも悪いから、住人も少ない。
俺は大家であるのと同時に住人であるから二階の奥の部屋に住んでいる。
両親は都会に住んでいる姉の所に身を寄せており、このアパートには俺しかない。
もちろん他の住人もいるが、家族が別居の一人暮らしだ。
建て替えたいと思っても、他に住人がいるのもあるがかかるお金も馬鹿にならない。
こんな半端な田舎で都会へのアクセスも悪い場所のボロアパートなど、誰が住むのか。
再開発でもしてほしいが、そこまでの需要も無い。
そんな悩みの多い俺だが、さらなる悩みがある。
「またかよ」
思わず舌打ちをしてしまう。
おれの一番の悩みは、このボロアパートの住人の一人の男だ。
彼は一階に住んでおり、この前は水滴が落ちる音がうるさいから水回りを慎重しろと騒ぎ、その前は住人の足音がうるさくてたまらないと騒いだ。
彼は30代半ばの無職の男で、実家暮らしを追い出されてこのアパートにやってきた。
幸い彼の実家は近くの為、何かあればその実家に苦情を言える。
とはいえ、働いていない成人を超えた息子の苦情など実家はいい顔をしない。
「やってきたときはまともに見えたのに」
俺はドアをどんどん絶え間なく叩く音に舌打ち混じり呟くと、重い腰を上げて玄関に向かった。
ドアを開くと、予想通り住人の男がいた。
相変わらず清潔にしているが、目の下には隈がある。
何も知らずに見ると疲れた社会人に見えるのが厄介なところだ。
また騒ぐのだろうと構えたが、彼は常識人のように困った顔をした。
「水漏れが天井からくるんだ」
彼は申し訳なさそうな顔をしている。
相変わらず外見は常識人なので調子が狂う。
しかし、音ではなく水漏れなら実害があるということ。
俺は業者に連絡を入れてから、彼の住む部屋の真上に向かった。
このアパートには、住人が俺と彼しかいない。
水漏れはおそらく水道管に何か不具合が起きたのだろう。
ドアにはもちろん鍵がかかっており、部屋の中は思った通り無人だった。
ただ、入ってすぐ玄関と同じ空間にある台所に異変があった。
水道の蛇口が緩み、床まで水が溢れていたのだ。
誰が置いたかわからない桶が排水溝を塞いでいるため、水が溢れたのだろう。
ただ、水道代も馬鹿にならない。
俺は少しだけ頭のおかしいと思っていた問題の住人に感謝をした。
水道を締めると、不思議なことにすんなりと閉まり、多少の水滴は落ちても許容範囲内に思えた。
ただ、何かの拍子に緩んだかもしれないので、この部屋の水道を落とす事は出来ないのか相談しようと思う。
その時気付いた。
水があふれている桶の中に、起き上がりこぼしのような丸い人形があった。
元はピンクの可愛らしいものだったのだろう。
顔のインクがすれてぼやけており、年輪を感じる。
一緒に様子を見に来た住人の男が驚いた声を上げた。
彼の足元には、青い丸い人形があった。
それに躓きそうになったようだ。
俺は人形の所有者は前の住人だと想定し、連絡を取ろうかと考えた。
しかし、とくに相談が入っていたわけでもないため部屋の机の上に人形を並んで置いてその場を後にした。
場合に寄ったら処分するだろうが、それも億劫なのできっとそのままだろう。
読んでくださってありがとうございます。