表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/12

9.崩壊と、決意

 三度目の、蘇生の儀式だった。

 テーブルの上には、既に、二本の、空の、ガラス瓶が横たわっている。その、役目を終えた、抜け殻たち。

 私は、三本目の瓶の、冷たい、汗を、手のひらで、拭う。そして、薄玻璃のグラスへと、その、最後の、命の水を、注いだ。


 けれど。

 その、瞬間、私は、気づいていた。

 気泡の、立ち上る、その、勢いが、明らかに、弱い。生まれてくる、一粒、一粒が、まるで、生まれ落ちることに、疲れ果ててしまったかのように、その上昇は、どこか、緩慢で、力がない。グラスに、耳を寄せても、聴こえてくるのは、か細く、途切れがちな、不整脈の響きだけ。

 患者は、衰弱している。


 それでも、私は、儀式を、続行した。

 目を、閉じる。

 その、か細い、人工の心音だけを、頼りに。

 意識を、あの、永遠の、座標へと、沈めていく。


 蝉時雨の、壁。

 暴力的なまでの、入道雲の、白。

 肌を焼く、陽光。

 けれど、その、完璧だったはずの、世界の、ディテールが、僅かに、ずれている。解像度の、粗い、複製画のように、その、輪郭が、滲んでいる。

 そして。

 あの、三つの、(きず)が、現れる。

 私が、これまで、どんなに、精神の布で、磨き上げても、決して、消えることのなかった、あの、透明なナイフが。

 今日は、その、刃を、剥き出しにして、私に、襲いかかってきた。


 彼の匂いがしなかった、あの、真空が、記憶の中の、全ての、温度を、奪っていく。

 彼が口にした、あの、借り物の言葉が、私の、思考の中で、嘲笑うように、木霊(こだま)する。

 そして。

 私を、透かして見ていた、あの、彼の、空虚な瞳が。

 記憶の中で、ふと、こちらを、向いた。

 硝子の、内側から、今、こうして、記憶を、覗き込んでいる、この、私自身を、値踏みするように、冷ややかに、見つめ返してきたのだ。


 息が、止まる。


 私は、記憶の深淵から、弾き出された。

 目を開ける。目の前には、西日の差し込む、いつもの、部屋。けれど、その、全てが、もう、昨日までとは、違って見えていた。

 この、無菌室は、完璧では、なかった。

 私が、生きている、ということ。私の、意識が、時と共に、僅かに、変容していく、ということ。その、あまりにも、当たり前の、生命の、摂理そのものが、この、部屋を、静かに、しかし、確実に、蝕んでいたのだ。

 時間の、流れという、最強の、汚染物質(コンタミナント)の前には、この、部屋の、壁は、あまりにも、無力だった。


 このままでは、駄目だ。

 このままでは、あの、完璧な、標本は、いずれ、完全に、その光を、失ってしまう。

 この場所で、この方法で、外側から、その、美しさを、保存することは、もう、限界なのだ。


 ならば、方法は、一つしかない。


 あの、硝子の、内側へ。


 それ、以外の、方法は、もう、残されてはいなかった。

よろしければ、ページ下から評価や、ブックマーク登録で応援していただけると、私たちの創作の何よりの力になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ