9.崩壊と、決意
三度目の、蘇生の儀式だった。
テーブルの上には、既に、二本の、空の、ガラス瓶が横たわっている。その、役目を終えた、抜け殻たち。
私は、三本目の瓶の、冷たい、汗を、手のひらで、拭う。そして、薄玻璃のグラスへと、その、最後の、命の水を、注いだ。
けれど。
その、瞬間、私は、気づいていた。
気泡の、立ち上る、その、勢いが、明らかに、弱い。生まれてくる、一粒、一粒が、まるで、生まれ落ちることに、疲れ果ててしまったかのように、その上昇は、どこか、緩慢で、力がない。グラスに、耳を寄せても、聴こえてくるのは、か細く、途切れがちな、不整脈の響きだけ。
患者は、衰弱している。
それでも、私は、儀式を、続行した。
目を、閉じる。
その、か細い、人工の心音だけを、頼りに。
意識を、あの、永遠の、座標へと、沈めていく。
蝉時雨の、壁。
暴力的なまでの、入道雲の、白。
肌を焼く、陽光。
けれど、その、完璧だったはずの、世界の、ディテールが、僅かに、ずれている。解像度の、粗い、複製画のように、その、輪郭が、滲んでいる。
そして。
あの、三つの、瑕が、現れる。
私が、これまで、どんなに、精神の布で、磨き上げても、決して、消えることのなかった、あの、透明なナイフが。
今日は、その、刃を、剥き出しにして、私に、襲いかかってきた。
彼の匂いがしなかった、あの、真空が、記憶の中の、全ての、温度を、奪っていく。
彼が口にした、あの、借り物の言葉が、私の、思考の中で、嘲笑うように、木霊する。
そして。
私を、透かして見ていた、あの、彼の、空虚な瞳が。
記憶の中で、ふと、こちらを、向いた。
硝子の、内側から、今、こうして、記憶を、覗き込んでいる、この、私自身を、値踏みするように、冷ややかに、見つめ返してきたのだ。
息が、止まる。
私は、記憶の深淵から、弾き出された。
目を開ける。目の前には、西日の差し込む、いつもの、部屋。けれど、その、全てが、もう、昨日までとは、違って見えていた。
この、無菌室は、完璧では、なかった。
私が、生きている、ということ。私の、意識が、時と共に、僅かに、変容していく、ということ。その、あまりにも、当たり前の、生命の、摂理そのものが、この、部屋を、静かに、しかし、確実に、蝕んでいたのだ。
時間の、流れという、最強の、汚染物質の前には、この、部屋の、壁は、あまりにも、無力だった。
このままでは、駄目だ。
このままでは、あの、完璧な、標本は、いずれ、完全に、その光を、失ってしまう。
この場所で、この方法で、外側から、その、美しさを、保存することは、もう、限界なのだ。
ならば、方法は、一つしかない。
あの、硝子の、内側へ。
それ、以外の、方法は、もう、残されてはいなかった。
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