6.瑕を、磨く
私の意識は、夕暮れの土手から、西日の差し込む部屋へと、引き戻される。
急激な光の変化に、目が眩む。あの、燃えるような茜色は、今はもう、どこにもない。ただ、白々しく、力の抜けた橙色の光が、この、時が止まった部屋の、あらゆるものの輪郭を、曖-昧に縁取っているだけだった。
過去の、あまりにも鮮やかで、高純度な色彩と、熱量と、音。
その奔流から、無理やり引き剥がされた私の魂は、現在の、この、無音で、無色で、無風の部屋の、絶対的な「無」に、耐えられない。まるで、深海から、急に、地上へと引き揚げられたかのように、私の内側で、何かが、きしりと、悲鳴を上げた。
私は、テーブルの上に置かれた、空のガラス瓶を、見つめていた。
先ほどまで、あの、美しい気泡を、次々と、生み出し続けていた、小さな泉。しかし、今はもう、その役目を終え、ただの、抜け殻として、そこにある。
その、空虚なガラスの表面に、ふと、光が、揺らめいた。
彼の匂いがしなかった、あの、一瞬の、真空。
光が、再び、揺らめく。
彼の声から、体温が抜け落ちていた、あの、借り物の言葉。
そして、光が、歪む。
私の存在を、透かして見ていた、あの、無限の遠方を映す、瞳。
三つの、瑕が、幻覚のように、次々と、瓶の、表面に、浮かび上がっては、私の、心臓を、掴むように、縮み上がらせる。
私は、静かに、目を閉じた。
そして、再び、あの、蝉時雨の降り注ぐ、夏の軌道へと、その意識を、沈めていく。
あの、完璧な、夏の日の、ただ中にいる、幸福な私を、取り戻すために。
今、見えた、瑕を、磨き消すために。
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