表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/12

5.砕けた、永遠

 私たちが、再び、歩き始めた時、太陽は、もう、その命を終えようとしていた。

 西の空が、燃え尽きる前の炭火のように、深く、鮮やかな茜色に染まっている。その光は、彼の横顔を、彫刻のように、くっきりと浮かび上がらせた。私たちは、黙って、川沿いの土手を歩く。私たちの影だけが、長く、長く、まるで、私たち自身よりも、もっと確かな存在として、先行していく。


「来年の夏も、また、来ようね」


 私は、そう、言った。

 それは、問いかけではなかった。あの、永遠が確定した木陰で交わされた、神聖な契約の、更新手続きのようなものだった。

「ああ」と、彼も、答える。

「もちろん」


 その、短い肯定の言葉。

 けれど、彼は、その短い肯定に、言葉を続けた。


「僕らの未来は、あの雲みたいに、きっと、どこまでも続いていくよ」


 その言葉が、私の耳に届いた瞬間。

 私の足は、ふと、止まった。

 雲、と、彼は言った。

 その、あまりにも軽く、実体のない言葉が、彼の、少し低い、落ち着いた声の質と、どうしようもなく、馴染んでいなかった。それは、彼自身の内側から生まれた言葉ではなかった。どこかで、誰かが使っていたのを、ただ、借りてきただけの、体温のない、空っぽの音。その言葉の、つるりとした、何の抵抗もない表面を、私の心は、ただ、滑っていくだけだった。あの、「永遠」という、言葉が、持っていた、絶対的な、質量が、そこには、なかった。


 彼は、詩人ではない。

 だから、きっと、誰かの、美しい表現を、私に、聞かせてくれただけ。

 けれど、一度、生まれてしまった、その、僅かな不協和音は、夕暮れの、澄んだ空気の中に、いつまでも、漂い続けているようだった。


 私は、その違和感を振り払うように、彼の顔を見上げた。

 もう一度、あの、永遠を閉じ込めた、彼の瞳を、確認したかった。

 彼は、私の視線に気づいて、優しく、微笑み返した。

 そして、私の瞳を、まっすぐに見つめる。


 その、はずだった。


 彼の瞳は、確かに、私の方を向いていた。

 けれど、その、黒く、深い瞳孔は、私という存在を、その表面で受け止めてはいない。彼の視線は、私の肉体を、まるで、そこに何もないかのように、やすやすと、通り抜けていく。そして、私の背後にある、地平線の、さらに、その向こう側、私が、決して知ることのできない、無限の遠方の一点に、その焦点を、結んでいる。


 私は、彼の視線の、ただの、通過点になっていた。

 そこに在るのに、見られていない。

 私の身体の輪郭が、意味を失っていく。


 その、私を、透かして見ている瞳で。

 彼は、独り言のように、静かに、こう、言った。


「時間はね、もう戻らないんだよ」


 その声は、優しかった。

 あまりにも、優しくて。

 そして、その優しさこそが、私の胸を、静かに、そして、深く、抉っていく、最も鋭利な、(やいば)だった。

よろしければ、ページ下から評価や、ブックマーク登録で応援していただけると、私たちの創作の何よりの力になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ