5.砕けた、永遠
私たちが、再び、歩き始めた時、太陽は、もう、その命を終えようとしていた。
西の空が、燃え尽きる前の炭火のように、深く、鮮やかな茜色に染まっている。その光は、彼の横顔を、彫刻のように、くっきりと浮かび上がらせた。私たちは、黙って、川沿いの土手を歩く。私たちの影だけが、長く、長く、まるで、私たち自身よりも、もっと確かな存在として、先行していく。
「来年の夏も、また、来ようね」
私は、そう、言った。
それは、問いかけではなかった。あの、永遠が確定した木陰で交わされた、神聖な契約の、更新手続きのようなものだった。
「ああ」と、彼も、答える。
「もちろん」
その、短い肯定の言葉。
けれど、彼は、その短い肯定に、言葉を続けた。
「僕らの未来は、あの雲みたいに、きっと、どこまでも続いていくよ」
その言葉が、私の耳に届いた瞬間。
私の足は、ふと、止まった。
雲、と、彼は言った。
その、あまりにも軽く、実体のない言葉が、彼の、少し低い、落ち着いた声の質と、どうしようもなく、馴染んでいなかった。それは、彼自身の内側から生まれた言葉ではなかった。どこかで、誰かが使っていたのを、ただ、借りてきただけの、体温のない、空っぽの音。その言葉の、つるりとした、何の抵抗もない表面を、私の心は、ただ、滑っていくだけだった。あの、「永遠」という、言葉が、持っていた、絶対的な、質量が、そこには、なかった。
彼は、詩人ではない。
だから、きっと、誰かの、美しい表現を、私に、聞かせてくれただけ。
けれど、一度、生まれてしまった、その、僅かな不協和音は、夕暮れの、澄んだ空気の中に、いつまでも、漂い続けているようだった。
私は、その違和感を振り払うように、彼の顔を見上げた。
もう一度、あの、永遠を閉じ込めた、彼の瞳を、確認したかった。
彼は、私の視線に気づいて、優しく、微笑み返した。
そして、私の瞳を、まっすぐに見つめる。
その、はずだった。
彼の瞳は、確かに、私の方を向いていた。
けれど、その、黒く、深い瞳孔は、私という存在を、その表面で受け止めてはいない。彼の視線は、私の肉体を、まるで、そこに何もないかのように、やすやすと、通り抜けていく。そして、私の背後にある、地平線の、さらに、その向こう側、私が、決して知ることのできない、無限の遠方の一点に、その焦点を、結んでいる。
私は、彼の視線の、ただの、通過点になっていた。
そこに在るのに、見られていない。
私の身体の輪郭が、意味を失っていく。
その、私を、透かして見ている瞳で。
彼は、独り言のように、静かに、こう、言った。
「時間はね、もう戻らないんだよ」
その声は、優しかった。
あまりにも、優しくて。
そして、その優しさこそが、私の胸を、静かに、そして、深く、抉っていく、最も鋭利な、刃だった。
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