第4話「本当に必要なスキルとは」
都心のホテルラウンジ。午後の穏やかな空気の中、佐伯拓也は少し緊張した面持ちで席についた。前回のセッションで、彼は転職市場のリサーチを進め、特にA社に興味を持った。そして今回は、その次のステップとして企業とのカジュアル面談を行い、その結果を持って美月のもとを訪れていた。
「こんにちは、美月さん。」
「こんにちは、佐伯さん。お会いできるのを楽しみにしていました。カジュアル面談、どうでしたか?」
佐伯はカップを手に取り、少し息をついた。
「正直、思った以上に有意義な時間でした。面談したA社のエンジニアの方は、とても親しみやすく、成長できる環境だと感じました。でも……。」
「でも?」
「自分に足りないものがはっきり見えてしまった気がします。」
美月は静かに微笑みながら、佐伯の言葉を待った。
「A社では、テックリードとして『技術だけでなく、チームをまとめるスキル』が求められると感じました。話を聞いていて、自分はまだそのレベルに達していないんじゃないかって不安になってしまって……。」
佐伯の表情には、少し戸惑いが混じっていた。美月は優しく問いかける。
「では、佐伯さんが感じた『足りないもの』を、一つずつ整理してみましょう。」
佐伯はノートを開き、ペンを走らせながら答えた。
「まず、マネジメントスキルです。自分はこれまで技術的な側面しか見てこなかったので、チームをどうまとめるか、メンバーのモチベーションをどう維持するかについての経験がほとんどありません。」
「なるほど。他には?」
「プレゼンテーションスキルもですね。A社では、エンジニアが経営陣に直接技術の方向性をプレゼンする機会があるそうなんですが、僕はそういう経験がほとんどなくて……。」
美月はメモを取りながら頷いた。
「整理すると、①マネジメントスキル、②プレゼンテーションスキル、この2つが特に課題ということですね?」
「はい。でも、これをどうやって短期間で身につけたらいいのか分からなくて……。」
美月は少し考え、穏やかな声で答えた。
「短期間で完璧に習得するのは難しいかもしれませんが、転職前にある程度の経験を積むことは可能ですよ。」
「どういう方法ですか?」
「まず、現在の会社でマネジメントに関わる小さなプロジェクトを任せてもらうのはどうでしょう?」
佐伯は考え込んだ。
「でも、うちの会社では正式なマネジメント研修とかはないし、どうすればいいのか……。」
「では、『リードエンジニア』のようなポジションを作れないか、上司に相談してみるのはどうでしょう?小規模なタスクフォースや技術検討会をリードする形で、実践的にマネジメントの経験を積むことができます。」
佐伯は少し驚いたような顔をした。
「そうか……確かに、いきなり大きな役割を担うのは難しくても、小さなリーダーシップの経験なら積めるかもしれません。」
「その通りです。経験を積んでおけば、転職の際にも『すでにチームをリードした経験がある』と話せるようになりますよ。」
佐伯は深く頷いた。
「分かりました。上司に相談して、何か小さなプロジェクトをリードできる機会がないか探してみます。」
美月は微笑み、次にプレゼンテーションスキルについて話を進めた。
「では、プレゼンテーションスキルについてはどうでしょう?佐伯さんは、これまでに社内で発表したことはありますか?」
「技術共有の会で話したことはありますが、本格的なプレゼンはほとんど経験がありません。」
「それなら、まずは自分が関わった技術プロジェクトについて、簡単なプレゼン資料を作成してみましょう。そして、社内の勉強会やミーティングで発表する機会を作ることができます。」
「でも、社内の勉強会なんて、そう頻繁にはないし……。」
「もし難しいようなら、社外のエンジニア向け勉強会や、カンファレンスのライトニングトークに挑戦するのも良いですね。」
佐伯は、少し驚いた表情を浮かべた。
「社外の場で発表するのは考えたことがなかったです。でも、それができたら確かに大きな自信になるかもしれません。」
「転職市場では、技術を他者に説明できる能力が評価されることが多いです。特にA社のように、エンジニアが経営陣と直接やりとりする企業では、プレゼン力が重要視されますよね?」
「確かに……。そう考えると、早めに練習しておいたほうが良さそうですね。」
美月は微笑みながら、カップを持ち上げた。
「では、次のアクションプランとして、①社内でのリード業務の経験を積む、②社外の勉強会などでプレゼンの場を持つ、という二つを設定しましょう。」
佐伯はノートにメモを取りながら、大きく頷いた。
「分かりました。やってみます。」
「転職は、単に新しい会社に移ることではなく、新しい環境で活躍するための準備も必要です。佐伯さんはすでに技術的な強みを持っていますから、今後はそれをどう活かしていくかを考えていきましょう。」
佐伯は少し笑った。
「最初は自分に足りないものが見えすぎて不安でしたが、今は、それを補うための道筋が見えてきた気がします。」
「それは素晴らしいことですね。次回のセッションでは、これらの取り組みをどれくらい進められたか、一緒に振り返りましょう。」
佐伯は力強く頷き、カップを手に取った。
「ありがとうございます。しっかり行動に移してみます。」
美月は彼の前向きな表情を確認しながら、穏やかに微笑んだ。
佐伯は、新しいキャリアのための準備を着実に進める決意を固めたようだった。