第2話「見えてきたキャリアの輪郭」
都内の高級ホテルラウンジ。窓から差し込む柔らかな陽光が、テーブルの上に広がるカップとノートを照らしている。静かなクラシック音楽が流れる中、香坂美月はカップに手を伸ばしながら、目の前に座る佐伯拓也の表情を観察していた。
「今日はお会いするのが楽しみでした。」
美月が微笑みながら言うと、佐伯は少しだけ苦笑し、ゆっくりと息を吐いた。
「楽しみというより、正直、ちょっと緊張していました。」
「緊張?何かありましたか?」
佐伯はカップを手に取りながら、少し視線を落とした。
「前回、『テックリード的な役割を会社で模索してみる』という課題を決めましたよね。上司に相談しようと思ったんですが……結局、うまく話せなかったんです。」
美月は静かに頷き、彼が続けるのを待った。
「何度か話す機会はあったんですが、なかなか切り出せなくて。いざ話そうとすると、『今の会社で本当に成長できるのか』という疑問が浮かんできてしまって……。」
佐伯は眉を寄せながら、少し自嘲気味に笑った。
「自分でも驚いたんですが、もしかしたら転職したほうがいいのではないか、という考えが頭に浮かんできてしまったんです。」
美月はその言葉を聞き、佐伯の表情をじっと見つめた。
「なるほど。その疑問が浮かんだのは、大切な気づきですね。では、なぜ『今の会社で成長できるのか』という疑問が湧いたのか、一緒に整理してみましょう。」
佐伯は少し考え込みながら頷いた。
「多分……これまであまり意識していなかったんですが、うちの会社って、マネジメント系のキャリアパスがあまり明確じゃないんです。『テックリード』っていうポジション自体、会社としては明確に定義されていなくて、曖昧なままなんですよね。」
「つまり、キャリアパスの選択肢が会社内で見えにくい、ということですね。」
「そうです。もし自分が今の会社で成長していくとしても、明確なゴールが描けない気がして……。」
美月はゆっくりと頷いた。
「それは重要なポイントですね。では、佐伯さんが『転職』と『現職での成長』のどちらを選ぶべきか、フレームワークを使って整理してみませんか?」
「フレームワーク、ですか?」
「はい。転職を考える際には、大きく三つの視点で比較することが大切です。」
美月はテーブルの端に置かれたナプキンに、ペンで三つの項目を書いた。
1.現在の環境で得られる成長機会
2.転職によって得られる新たな可能性
3.自分のキャリアの軸
「この三つの視点で整理すると、より客観的に自分の選択肢を見つめることができます。」
佐伯はそのメモを見つめながら、少し考え込んだ。
「なるほど……。じゃあ、まず『現在の環境で得られる成長機会』から整理してみます。」
美月は頷き、佐伯の言葉を待った。
「今の会社で働き続ける場合、技術的なスキルはまだ磨けると思います。でも、マネジメントスキルを学ぶ機会はほとんどないですね。上司にも相談しづらいし、そもそも会社の体制として、そういう成長を支援する仕組みが整っていません。」
「なるほど。では、もし転職をした場合、どのような新たな可能性が得られそうですか?」
「うーん……まだ具体的に考えたことはないですが、転職市場を調べたところ、今の自分の経験でも『テックリード候補』として採用してくれる企業はありそうです。そういう企業なら、最初からマネジメントの機会を持てるかもしれません。」
美月は少し微笑んだ。
「では、最後に『自分のキャリアの軸』について考えてみましょう。佐伯さんにとって、何が一番重要なポイントですか?」
佐伯は真剣な表情になり、少し考え込んだ。
「……やっぱり、自分が成長できる環境で働きたいですね。ただ漫然と仕事をするのではなく、新しい挑戦をしながらスキルを磨いていける環境。」
美月は頷いた。
「そう考えると、現職よりも転職の方が、佐伯さんのキャリアの軸に合っているように思えますね。」
佐伯は深く息を吐いた。
「そうですね……。今回、ちゃんと整理してみて、転職を前提に動いたほうがいい気がしてきました。」
美月は柔らかく微笑んだ。
「では、次のステップとして、転職活動をどのように進めるかを具体的に考えていきましょう。たとえば、転職市場のリサーチをもう少し深めることや、希望する企業のリストを作成することが、最初のアクションになります。」
佐伯はメモを取りながら、しっかりと頷いた。
「分かりました。まずは、転職市場の状況をさらに調べて、自分に合った企業のリストを作ってみます。」
「素晴らしいですね。次回のセッションでは、そのリストを見ながら、応募戦略について考えましょう。」
佐伯はカップを持ち上げ、口元に運びながら、少し笑った。
「なんだか、道筋が見えてきた気がします。」
「それは良かったです。キャリアの決断は簡単ではありませんが、しっかり整理することで、自信を持って選択できるようになりますよ。」
佐伯は力強く頷いた。
「ありがとうございます。次回までに、しっかり準備を進めてきます。」
美月は微笑みながら、静かにカップを置いた。
佐伯は、新たな一歩を踏み出す決意を固めたようだった。