第4話「挑戦の先に見えた光」
ホテルラウンジの午後は穏やかだった。落ち着いたクラシック音楽が流れる中、香坂美月はゆっくりとコーヒーカップを口に運びながら、目の前の若松玲奈を見つめた。
今日は、彼女が初めて実際のフィールドワークに踏み出した報告を聞く日だった。
「こんにちは、玲奈さん。」
「こんにちは、美月さん。」
玲奈は以前よりも落ち着いた表情で席に着いた。何かが変わったような印象を受ける。
「さて、インタビューはうまくいきましたか?」
玲奈は深く息を吸い、少し緊張した面持ちで口を開いた。
「正直、最初は怖かったです。でも、一度踏み出したら、意外とスムーズに進みました。実際に管理職の方々に話を聞くことで、これまでのリサーチだけでは分からなかった課題が明確になってきたんです。」
美月は興味深そうにうなずいた。
「どんな課題が浮かび上がってきましたか?」
玲奈はメモを取り出し、真剣な表情で話し始めた。
「まず、若手社員と管理職の間には明らかなコミュニケーションのギャップがあることが分かりました。特に、上司が部下のモチベーションをどう引き出せばいいのか分からないという問題が多かったです。」
「なるほど。それは具体的にどのような形で現れていましたか?」
「例えば、多くの若手社員が『もっとフィードバックを受けたい』と言っているのに、管理職側は『言いすぎると反発されるのでは』と懸念して、あまり積極的に指導していないという現状がありました。」
美月はうなずきながら、さらに問いかけた。
「つまり、若手は成長のためのフィードバックを求めているのに、上司はそれを躊躇している、ということですね?」
「はい、その通りです。それに、もう一つ興味深いことが分かりました。若手の中には、上司の言葉が『指導』ではなく『批判』のように聞こえてしまうケースがあるんです。つまり、フィードバックの仕方が問題になっていることも分かりました。」
「それは大きな発見ですね。」
玲奈は、少し興奮気味に続けた。
「管理職の方々も、どうやって伝えればいいのか分からないと悩んでいました。特に、厳しい指導がモチベーションを下げるのではないかという不安を抱えている方が多かったです。」
美月は考えながら口を開いた。
「興味深いですね。では、玲奈さんの研究テーマにおいて、今回のインタビューの結果をどう活かせそうですか?」
玲奈はメモを見ながら答えた。
「私は、単に『上司がもっとフィードバックをすべき』という視点ではなく、『効果的なフィードバックの方法』に焦点を当てるべきだと思いました。若手が受け入れやすい形で伝えることができれば、組織のパフォーマンス向上につながるはずです。」
美月は満足そうに微笑んだ。
「素晴らしい考察ですね。玲奈さんは、単に問題を指摘するだけでなく、解決策の方向性を見つけようとしています。それは研究においてとても重要なことです。」
玲奈は少し照れくさそうに笑った。
「ありがとうございます。今回のインタビューを通じて、自分がやるべきことがより明確になった気がします。」
美月は静かにカップを置き、ゆっくりと語った。
「では、次のステップとして、この仮説をより具体化するために、もう少しデータを集めるのはどうでしょう?」
玲奈は頷いた。
「具体的には、どう進めればいいでしょうか?」
「今回のインタビューで得た内容を基に、若手社員がどのようなフィードバックなら受け入れやすいのか、もう少し深く掘り下げる必要があります。実際に成功している企業の事例を調べたり、さらに数名の若手社員にも話を聞くことで、より実践的な解決策を見出せるでしょう。」
玲奈はメモを取りながら、真剣な表情でうなずいた。
「確かに、それをやれば、より説得力のある研究になりそうですね。」
美月は微笑みながら言った。
「玲奈さん、最初にお会いしたときは、テーマすら決められずに迷っていましたね。でも今は、問題を特定し、解決策を模索する段階にまで来ています。すごい進歩ですよ。」
玲奈は驚いたように顔を上げた。
「言われてみれば、そうですね……。以前は、何もかもが漠然としていて、どうすればいいのか分からなかったのに。」
「今、玲奈さんの中に『自分の軸』ができつつあります。それは、研究においても、これからのキャリアにおいても、とても大切なことです。」
玲奈の表情が明るくなった。
「ありがとうございます。以前の私は、自分が何をしたいのかすら分からなかった。でも、こうして一歩ずつ進むことで、視界が開けてくるんですね。」
美月は静かにうなずいた。
「その通りです。問題を解決するためには、まず動き出すこと。そして、そのプロセスを通じて、答えが見えてくるものです。」
玲奈は深く息を吸い、微笑んだ。
「よし、次のステップに進みます。」
彼女の声には、以前とは違う力強さが宿っていた。
美月は彼女の姿を見つめながら、静かにカップを持ち上げた。挑戦の先に見えた光は、玲奈にとって新たな道を照らし始めていた。