表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プライベートカウンセラー  作者: Ohtori
第1章「大学院生(MBA)・若松玲奈(31歳)」
2/85

第2話「完璧主義との対峙」

都内の高級ホテルラウンジ。窓の外には秋の気配が漂い、木々が色づき始めている。静かなクラシック音楽が流れる中、香坂美月は目の前のコーヒーカップを手に取り、軽く息をついた。


約束の時間より少し前に、若松玲奈が姿を現した。美月は彼女の表情を注意深く観察する。前回のセッションで、玲奈は修士論文のテーマが決められず、焦りと自己嫌悪に陥っていた。テーマ選定のための文献調査という課題を出したが、その成果はどうだったのだろうか。


「お待たせしました。」


玲奈は少し息を弾ませながら席についた。服装は以前と変わらず洗練されているが、どこか疲れた様子が見て取れる。美月は微笑みながら、静かに問いかけた。


「いかがですか?前回から2週間が経ちましたが、調査は進みましたか?」


玲奈はカップに手を伸ばしたものの、飲もうとはせず、テーブルの上に目を落とした。


「……それが、思うように進められなくて。」


彼女の声には、自分を責めるようなトーンが混じっていた。


「どんなことがありましたか?」


美月は、玲奈の心がどこでつまずいているのかを探るように、優しく促した。


「論文を探して読み始めたのですが、膨大な情報に圧倒されてしまって……。どれも重要なテーマに思えてしまい、自分がどれを選ぶべきか決められないんです。」


玲奈は両手を握りしめ、小さくため息をついた。


「結局、また完璧なテーマを求めてしまっているのかもしれません。中途半端な選び方をすると、後々後悔するんじゃないかって思うと、何も決められなくなってしまって……。」


美月は静かに頷きながら、玲奈の目を見つめた。


「玲奈さんは、完璧な選択をしなければならないと感じていますか?」


玲奈は少し考え、ゆっくりと答えた。


「……はい。研究の方向性を間違えたくないんです。時間も限られているし、できるだけ最適なテーマを選びたい。」


「最適なテーマとは、どういうものでしょう?」


美月の問いに、玲奈は一瞬言葉を詰まらせた。


「えっと……研究として価値があること?それから、教授や大学の期待に応えられるもの……?」


彼女は不安そうな表情で続けた。


「でも、そう考えると、自分が本当にやりたいことが何なのか、分からなくなってしまうんです。」


美月はゆっくりとカップを置き、穏やかに微笑んだ。


「玲奈さん、その考え方こそが、選択を難しくしているのかもしれませんね。」


「え?」


玲奈は驚いたように顔を上げた。


「完璧なテーマを選ばなければならない、というプレッシャーが、逆に玲奈さんの思考を縛ってしまっているのです。」


美月は続けた。


「玲奈さんは、かつて会社でプロジェクトリーダーを務めたとき、慎重になりすぎてチームとの関係が悪化したと話していましたね。今回のテーマ選定でも、同じことが起きていると思いませんか?」


玲奈は目を見開いた。


「……確かに。」


「大切なのは、最初から完璧な選択をすることではなく、選んだ道をどう形作っていくかです。研究テーマも同じで、最初から完璧なものを見つけようとするより、まずは一つ仮決めし、進めながら修正していくことの方が重要です。」


美月の言葉を聞きながら、玲奈は少しずつ理解し始めていた。


「でも、どうしても迷ってしまうときは、どうすればいいですか?」


美月は少し考え、玲奈に新たな視点を提案した。


「玲奈さん、もし今、自分ではなく誰か別の人が同じ悩みを抱えていたとしたら、どうアドバイスしますか?」


玲奈は驚いたような表情を浮かべた。


「えっ、誰かに……?」


「そうです。例えば、後輩が『研究テーマを決められなくて困っています』と相談してきたら、玲奈さんはどう答えますか?」


玲奈はしばらく考え込んだ後、小さく息を吐いた。


「……たぶん、まずは関心のある分野から仮決めして、とりあえず進めてみればいいって言うと思います。」


「それが正解です。」


美月は微笑んだ。


「玲奈さんも、まさにそのプロセスを踏むべきなのです。」


玲奈は自分の思考のパターンに気づき、軽く笑った。


「なるほど……。人には簡単にアドバイスできるのに、自分のことになると急に完璧を求めてしまうんですね。」


「そうなんです。完璧主義が強い人ほど、自分には厳しくなりがちです。」


美月は続けた。


「では、新しい課題を設定しましょう。次回までに、仮決めでも構いませんので、テーマを一つ選び、その方向で簡単なリサーチを進めてください。その過程で違和感があれば、修正すればいいのです。」


玲奈は深く頷いた。


「分かりました。まずは一つ、決めてみます。」


彼女の表情には、少しだけ晴れやかな色が戻っていた。


美月は静かにコーヒーを飲みながら、玲奈が次の一歩を踏み出すのを見守っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ