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追いかけたかったのか、それとも逃げ出したかったのか

気づけば、あっという間に週末だ。

今週は思った以上に忙しかったのもあるが、恵留が書いた記事の反響がそこそこあって、気分も良かったのもあり、仕事に集中できたというのもある。

鵜鷺編集長からは「次も頼むよ!」と言われ、若干のプレッシャを感じていた。

恵留は六本木に向かう電車に揺られながら、次の企画についてぼんやりと考える。

と言っても、何かアイデアがあるわけではないから、ただぼーっとしているとも言えた。

今日は、取材で知り合ったアルカードくんに誘われ、六本木で美術館のデートだ。

そこで何かネタが見つかればという淡い期待もある。

そういえば、美術館なんていつぶりぐらいだろうか。

中学生か高校生か、思い出せないぐらい前のことだ。何を見たのかも覚えていない。

東京で生まれ育った人たちは、美術館に行くことなんて、もしかすると当たり前のことなのかもしれないけれど。

待ち合わせ場所は、東京ミッドタウン。

赤坂にあるどちらかと言えば、ハイソな商業複合施設だ。

オフィスもあって、病院や郵便局などもあり、東京ミッドタウンで1つの小さな町のようでもある。

待ち合わせの場所には、何人か人が立っていて、人の往来も多い。

よくよく考えてみると、アルカードくんがヴァンパイアのコスプレをしている姿しか知らないことに恵留は気付いた。

と思ったら、短髪で爽やかな男性が手を振りながらこちらに近づいてくる。

えっ、イケメンすぎない?

待て待て待て。

こんな爽やかイケメンが私をデートに誘うわけが無いだろう。

この世界には目に見えないカースト制度が存在する。

みんな口では否定するが、それは確実に存在していて、カーストが違う人というのは、もはや別世界の住人なのだ。

当然、恵留は学生時代、いわゆるスクールカーストにおいては下の方に位置する人間。

そして、今近づいて来ているのは、カースト上位の人間である。

「恵留さん?」

その男性が恵留に話しかけてきた。いや、声をかけてきた。うん?名前を呼ばれた?

「あっ、ごめんなさい。考え事してて」

ニコッと笑うアルカードくんの笑顔は、まるで太陽のように眩しい。

これがカースト上位のパワーである。

「仕事のことですか?」

「ええ、まあ」

本当は違うけれど。

「今日は、仕事のことは忘れて楽しみましょう!」

爽やかすぎる。ヴァンパイアのメイクは少し暗めというか、お店自体も少し暗めだったのもあって、余計に落差が激しく感じた。

「アルカードくんだよね?」

あまりの違いに念の為聞いてみる。

「そうですよ。ああ、そうか、コスプレしてましたからね、あの時は」

話し方からも、内からみなぎる自信のようなものが感じられた。

「そうだ、呼び方なんですけど、アルカードじゃなくて、本名の理生って呼んでください。僕だけ恵留さんというのも何ですし」

理生という名前も、今風な気がした。

「あれっ、恵留さんのイヤリング、もしかしてヴァンロワのやつじゃない?」

秒でバレた。ヴァンロワとは、文明社会崩壊後の世界でヴァンパイアたちが世界の覇権を争うヴァンパイア・ロワイアルというアニメ作品のことで、イヤリングは作中に出てくるヴァンパイアの国の紋章を象ったものだ。

「ちょっと見ていい?」

と言いながら、理生は恵留に顔を近づけ、指でイヤリングにそっと触れる。

此奴めと思いながらも、恵留の心臓は高鳴っていた。

「これ、どこで買ったの? 公式グッズで見たこと無いけど」

「じ、自分で」

「えー、マジで!恵留さん凄いね」

満面の笑みで褒めてくる理生。こんな風に褒められたのはいつぶりだろうか。

恵留は心がギュッと掴まれる感じがした。


ひとしきりヴァンロワの話で盛り上がった後、東京ミッドタウンの中を抜けて、裏にある公園へ向かった。

檜町公園というらしく、思った以上に広い敷地面積で少し驚いた。

東京の真ん中にこんな場所があったのかと思う。

晴れた土曜日ということもあってか、家族連れが目立つ。

思った以上に人が多くて、その点にも驚いた。

「結構、芸能人の人とかもいることあるんだよね。あと、定期的にイベントがあってさ・・・」

理生が檜町公園についていろいろと教えてくれる。

上京して10年経っていたが、知らないことがまだまだあるなと恵留は思った。

世の中には、まだ未知の領域があるのだ。


その後、理生に連れられ美術館で「いつもの展」というのを見た。

「いつもの展」は、普段と変わらな普通のことの中に、ちょっとしたアレンジを加えることで、見方が変わるというテーマのカジュアルなアート展示だ。

美術館デートと言われ、絵画を眺めてウンチクを学ぶようなものかと思ったけれど、イメージと全然違った。

アトラクションとまではいかないけれど、実際に触れて楽しむ展示物もあって、存外に楽しい。

もちろん理生という存在が、楽しさを倍増させていることは、恵留にも理解できた。

一人でも楽しめただろうけど、理生がいなかったら、ここまで楽しめなかっただろう。

美術館を出て公園を歩いていたら、理生が

「やっぱり恵留さんと来て良かった」

と言う。その言い方が、理生の感情がこちらにもダイレクトに伝わって来るようで心地良い。

こういう素直さというか、真っ直ぐさというか、純粋さみたいなものが、理生からは常ににじみ出ているように感じた。

ふと、恵留は理生がイヤリングを褒めてくれたのを思い出す。

あの時は、かなり緊張してたのだが、ヴァンロワの話で盛り上がってからは、かなり緊張が解れて、普通に話せるようになっていた。

それももしかしたら、理生の気遣いなのかもしれない。


二人で歩きながら「いつもの展」の話題で盛り上がっていると、恵留の脇を一台の自転車が通り過ぎていく。

自転車にはフードを被り、背中にイーターの箱を背負っている男性。

ルド?

一週間前の情景が恵留の頭の中を駆け抜けていく。

指をしゃぶるルド、吸い込まれそうなほど美しい瞳、そして平謝りするルド・・・。

恵留は遠ざかる自転車から目が離せなくなっていた。

気付いた時には、恵留は一歩を踏み出していた。

「理生さん、ごめんなさい!」

恵留は理生に深々と頭を下げた直後、走り出していた。

「恵留さん?」

後ろで理生の優しい声が聞こえたが、その声はすぐに脳内から消えていく。

人生において、間違えてはいけない選択というのがある。

それが今のような気がした。

イケメンの年下男性で、気遣いもできて、優しくて、太陽のような笑顔でこっちまで明るい気持ちにさせてくれる理生。

一緒にいて楽しいし、ドキドキもする。

そんな理生を置いて、去っていく自分は、おそらくというか、100%間違った選択をしているだろう。

その上、今追いかけているフードを被った男性は、ルドではないかもしれないのだ。

そもそも、ルドの連絡先を知っているじゃないか。

追いかける必要なんてない。

だけど、恵留の中で、何か違和感というか、綻びというか、カチッとハマっていない感覚がずっとあった。

それは理生の問題ではなくて、恵留自身の問題だ。

フードを被った男性は、きっかけにすぎない。

相手は自転車なのだから、どうやっても追いつけないのはわかっている。

実際にもう姿がほとんど見えなくなっていた。

でも、恵留は追いかけなければいけないというか、理生から逃げたかったのだろうと思う。

それも正しくはない。自分自身から逃げ出したかったというのが正確だろう。

自分の気持ちから。

理生のことは嫌いじゃない。むしろ好きだ。

けれど、今はルドのことの方が気になって仕方がないのだ。

それはホンモノに出会えたかもしれないという仕事的な理由かもしれないし、ヴァンパイアが好きな個人的な興味本位かもしれないし、好意的なものなのかもしれない。

その理由は、今の恵留にはわからなかった。

自分でもそれがどういう感情なのかが、認識できていないのだ。

ただ、1つだけ言えることは、恵留はルドのことが気になっているということ。

もう見えなくなってしまった、フードの男性を追いかけながら、そんなことを恵留は考えていた。

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