ホンモノに出会えるかもしれないから
週明けの月曜日。
いつもは気怠い朝なのに、今日は久々に気持ちの良い朝を迎えることができたと恵留は感じた。
単純に雲ひとつない秋晴れの空から注ぐ太陽が気持ち良かっただけかもしれないし、心境の変化かもしれない。
出社早々、編集長の鵜鷺から、取材の様子を聞かれた。
「思ってたのとはイメージが違いましたけど、凄く面白い会でしたよ!」
「へぇ。それは楽しみだね。原稿はいつぐらいになる?」
「あっ、さっき下書きをアップしたので、確認お願いしまーす」
「マジかよ。日曜に書いたの?」
「どうしても書きたくなっちゃって」
「まあ、大目に見るけど、最近はいろいろとうるさいからさ。休みの日はちゃんと休んでよ。じゃないと俺が怒られるから」
「はーい。気をつけまーす」
鵜鷺は、絶対またやるやつの返事じゃんと小声で言いながら、パソコンを立ち上げ仕事を始めた。
編集はしてきたけれど、ライティングは初めてだったから、きっと直しも多いだろう。
ただ、そればかりも気にしてられない。
ライターさんから複数の原稿が上がって来ているからだ。
自分たちは会社員のカテゴリだが、自分たちが依頼しているライターさんたちは、フリー、いわゆる個人事業主で、多くの場合、夜や土日に原稿を書いている人がほとんどだ。
だから、月曜日の朝は、何人ものライターさんから原稿が上がってくるのが日課的になっている。
もちろん、平日にも原稿は上がって来るが、月曜日の朝が一番多い。
恵留は上がってきた原稿をサクサクと確認していく。
最初は大変だったが、今ではもうかなり慣れっこになってしまった。
作業がひと段落したら、鵜鷺編集長から社内チャットで、原稿チェックしたと、メッセージが来た。
恵留はドキドキしながら、原稿を確認する。
細かな直しはかなりあったものの、大枠はOK。
鵜鷺編集長から追加のメッセージで、初めてにしてはよく書けてるとお褒めの言葉をもらった。
昨日頑張りが報われた瞬間だ。
記事は自分のタイミングで公開しして良いという指示を貰ったので、修正して早速公開する。
スマホで実際に自分の記事を確認。
いろいろとあっただけに、恵留は少しだけ目頭が熱くなった。
感動とはまたちょっと違う、なんというか、感慨深さみたいなものを感じた。
***
「東金さん、昼ご飯行くけどどうする?」
アトラ唯一の編集部社員の井口さんが声をかけてきた。
アトラで正社員なのは、この井口さんと、編集長の鵜鷺だけで、あとはアルバイト社員である。
以前は全員社員だったそうだが、社会の流れで正社員が減らされ、アルバイト社員ばかりになったそうだ。
「あっ、行きまーす」
「おっ、珍しいね」
いつもはあまり外食はしないのだが、今日は人生で初めて自分の記事が掲載された日だ。
その記念というか、ご褒美的なのと、井口さんに聞きたいこともあった。
***
「東金さんの記事読んだよ。面白かった。今までのアトラには無い切り口だったし、写真もよく撮れてたね。ヴァンパイアのコスプレは、それだけで結構バズりそうな気もする」
ラーメンを食べながら、井口が褒めてくれた。
「ありがとうございます!」
まあ、本当のヴァンパイアかもしれない人がいたとは言えないが。
ルドのことについては、輸血パックでジュースを飲む人もいた、ぐらいで写真も載せないでおいた。
生娘が近づくと牙が生えるとか、血を吸うとイケメンに変わるなんて書いても、誰も信じないだろうし、下手したらヤラセを疑われかねない。
まあ、サブカル系オカルトWebメディアだから、そういう話も受け入れられる土壌ではあるけれど、何となくルドのことを表に出したくなかったというか、不思議な感覚があった。
井口さんは、もうこの業界が長く、元々はライターとして関わっていたのを鵜鷺編集長が編集部に引っ張り上げたそうだ。
井口自身は、フリーのライターとしてやっていくのに不満があったわけではないのだが、その当時結婚を考えていた人がいて、フリーのライターより、会社に所属している方が都合が良かったという背景がある。
「井口さんは、ヴァンパイアについてどう思います?」
「どうって?」
「いるのか、いないのか」
恵留は率直に聞いてみた。
「俺は存在していて欲しいけど、実際にはいないだろうね。でも、存在して欲しいし、そういう話があれば、そりゃあ飛んでいくよ。それはヴァンパイアだけじゃないけど。もしかして何かネタ仕入れた?」
「そういう訳じゃないんですけど」
流石にルドのことをそのまま話すのは憚れる気がした。
「血の匂いを嗅ぐと、牙が出るヴァンパイアとかって聞いたことあります?」
「映画か何かで、牙が伸びるヴァンパイアはあったかも」
「映画ですか」
「そもそもヴァンパイアなんて、どんどん新しい作品が作られているし、定義自体、今じゃかなり曖昧だよねぇ」
「十字架が効かないヴァンパイアとかもいるんでしょうか?」
「完全体的な話はあったかも。完全体になると、弱点が無くなる的な。で、それを防ぐ話。まあ、どれも映画とかマンガとか、小説なんかの話だけどね」
「そうですよね」
「仮にヴァンパイアが存在していたとしたら、そのヴァンパイアは一体どうやって生まれたんだろうって疑問が出て来る。この辺りの話は、UMAとか全般に言える話だけど。昔の恐竜の生き残りとかね。それをさ、あらゆるUMAで説明できないとダメなわけよ」
「何故ですか?」
「西洋のモンスターとさ、日本の妖怪ってさ、全然別物じゃない。で、それを地域固有のもので、突然発生したと仮定するとさ、余りにも都合が良すぎるんだよね。進化とかも無くてさ、急に登場して、急に絶滅して、痕跡がほとんどないわけ。で、普通に考えたら、見間違いとかさ、誰かのホラって考えるよ。もちろん、日本の妖怪みたいに、ロジックがわからない自然現象を妖怪という概念にするってのもそうだよね」
井口の言うことには納得できる。
結局、暗闇に何かがいると思ったけれど、いざスポットライトを当ててみたら何もいなかったということだ。
「そんなドライなことを言ってしまうと、夢がないと言うか。井口さん自身、信じて無いものを追いかけてるわけですよね?」
「それはちょっと違うかな。確かにほとんどのUMAとか、超常現象は、からくりがあるけど、もしかすると本物のUMAや超常現象だってあるかもしれないじゃん。というか、俺的にはあると思ってるのよね。だって、未だにさ、新しい昆虫が見つかったりしてるしさ、地球の全ての場所にカメラがあってずっと撮影されてるわけじゃないでしょ。と言うことは、まだ俺たちの知らない何かがある可能性ってあると思うんだよね。感覚的にはトレジャーハンターなんだ」
「トレジャーハンターですか」
「そう。だから、楽しいのよ、この仕事は。ホンモノに出会えるかもしれないからね」
「井口さんはホンモノに出会ったことはあるんですか?」
「残念ながら、まだ無いね」
「そうなんですね」
そう口にしながら、すでにホンモノかもしれないヴァンパイアと遭遇している自分は運が良いように思った。
まだ、可能性の段階だとしても。
そう考えたら、ルドにまた会いたくなる。
いや、もしかしたら、ルドに会う理由を探しているのかもしれないと恵留は感じた。
「さて、午後も仕事頑張りますかね」
井口はコップに入った残り少ない水を飲み干し、立ち上がって背伸びをした。
恵留も席を立ち、肩を竦める。昨日から結構な文章を書いているのもあって、肩のこりがいつもより強い気がした。
***
恵留は家に着くなり、ベッドにダイブした。
今日はいつもより疲労感が強い。
初めての記事公開もあったし、そもそも月曜日はいつも忙しいからだ。
帰りに外食も考えたのだが、とりあえず寝転がりたくて、最短ルートで家に帰ってきた。
今日もイーターを頼もうと思考えていたのもある。
ルドとは連絡先を交換したものの、なんとなく自分から連絡するのは、少しガッツキすぎな気もした。
何せ昨日の今日だし。
というか、自称ヴァンパイアがスマフォを持っていたことにも少し驚いたけれど。
とりあえず、イーターでいつも頼んでいるパスタを注文する。
それにしても、ルドは本当にヴァンパイアなのだろうか。
少なくとも、昨日の行動や起きた事態を考えれば、普通の人では無いことは確かだ。
ホンモノ・・・。井口さんの言葉が頭の中で響き渡る。
ピンポーン。
玄関のベルが鳴る。
到着が早くないか?と思ってスマフォをみたら、結構な時間が経っていた。
どうやら寝てしまっていたらしい。
玄関に急ぎ、ドアを開けると、30代ぐらいのガタイの良い男性がいた。
イーターの配達員だ。
ルドが来ることを少し期待していたのだけれど、半分は安心感だった。
YouTubeを見ながらパスタを食べていたら、ブブブとスマフォが振動する。
恵留はすぐにスマフォを手に取り、画面を確認した。
もしかしたら、ルドからの連絡かもしれない。
けれど、メッセージをくれたのは、一昨日に取材したヴァンパイア・ラブライフで出会ったアルカードくんだった。
写真のお礼と記事を見たという連絡。
周囲の人にも拡散してくれるとのことで、それはありがたかった。
その後、アルカードくんとは、やり取りが続き、次の土曜日に会うことになった。
いわゆるデートというやつだ。
アルカードくんはそこそこイケメンだし、取材では話も盛り上がったし、デートに誘われたことも嬉しい。
歳下だし、私の人生においては、きっとアルカードくんみたいな優良物件はなかなか出会うことは無いだろう。
事実、これまでそんなことは無かったし。
なのに、何故かテンションが上がりきらない恵留だった。
たぶん疲れているせいだろうと思う。
今日はもう寝よう。明日も仕事だし。




