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そんなに強く吸わないで!

昨日はヴァンパイア・ラブライフの会に出て、予想外に疲れていたのか、恵留は家に帰ってからすぐに眠りについてしまった。

日曜ということもあって、家でのんびりしながら、原稿を書くのも良いだろう。

当初は、少しホラー感というか、夜な夜な開かれている怪しい会合的な感じで考えていたのだけれど、実際に参加してみると、アットホームでとても良い会だった。

可愛らしい受付のミラカさん、優しさオーラが出ていたディーさん、ちょいイケメンのあるカードくんを中心に、楽しい感じの記事にしようと思う。

それで編集長が納得してくれるかはわからないけれど。


***


気づくとすでに夕方になっていた。

元々恵留は文章を書くのが嫌いではなかったのもあって、記事を書くのはそこまで大変ではないと思っていた。

実際に書き始めると、結構スラスラと書けて、自分の才能あるかも♪って思ったのだけれど、その思いはあっさり頓挫する。

書き直したくなるのだ。

書けば書くほど、書き直したくなる。

全体の構成として、時間の流れに沿って書く方が良いのか、それともインパクトのある写真を優先して、そちらから書いた方が良いのかなど、いろいろと迷うのだ。

そして文章の表現。

単純に語彙力の問題もあるのだけれど、最初に書いたものは、何だか小学生の作文みたいになってしまった。

アシスタントとは言え編集の仕事は結構やってきたのもあって、余計にそう感じるのかもしれない。

写真選びもかなり迷った。

鵜鷺編集長からは、写真はたくさん撮っておけと言われ、バンバン撮ったのだが、逆に多すぎて選ぶのが難しい。

ただ、多少ブレていたり、ピントが合ってない写真も結構あって、写真を多く撮っておいて良かったとも思った。

と、いろいろとあったけれど、何とか原稿の形には出来た気がする。

どの道、編集長から直しは入るだろうし、このあたりで切り上げよう。

テーブルに広げていた資料などを片付ける。

と、指先に痒みのような痛み。

「もう、最悪・・・」

資料の紙で指を薄っすらと切ってしまった。

指先に滲む血。

ふと頭の片隅に残っていた、生娘の血に反応して牙が出るというルドを思い出す。

恵留はそのまま指をペロリと舐めてみた。

生娘の血。特に何か特別な味は感じなかった。

そんなわけないよねと自分を納得させ、指を洗い、絆創膏を貼る。

指を切ってしまったことで、かなりテンションが下がってしまった。

一日原稿と格闘していたこともあって、外に出る気力もない。

久しぶりにフード注文・配達サービス イーターを頼むか。

恵留はアプリを立ち上げ見ていると、Newのマークが付いたお店が目についた。

開店したばかりで、今なら和菓子が無料でついてくるらしい。

疲れていて甘いものが欲しかったから丁度よいと思った。

到着までは少し時間がかかるようだったので、恵留はシャワーを浴びることにした。


***


ピンポーン!

玄関のベルが鳴る。

恵留はドアホンのボタンを押し応答する。

「はーい」

「イーターのお届けです」

「わかりました。すぐ出まーす」

思った以上に早い到着だったので、まだ髪の毛が乾いていなかったが、まあ良いだろうと思う。

玄関のドアを開けると、少し太めの体格で、フードを被った男がいた。

口元にはマスクをしていて、顔を少し伏せているのもあって、表情が読みにくい。

注文の品を受け取りつつ、フードの中を目で探る。

ふっくらとした顔立ちだが、目元のクマが特徴的だ。

クマ?

恵留の中で昨日話を聞いたルドが頭をよぎった。

え?

「あのー、もしかしてルドさんですか?」

ルドが顔を上げ、恵留と目が合った。

「あっ、昨日の」

と言い、ルドは口元に手を当てる。

「もしかして、また牙ですか?」

ブンブンとルドが頭を縦に振る。

いや、待って。普段の生活でもヴァンパイアのなりきりしてるの?

「マスクしてるから、見えないですよ」

とりえあず話を合わせてみる恵留。それにしても・・・。

「ああ、そうでした。昔はいろいろと大変で。最近はコロナのおかげでマスクしてても違和感が無いから助かってます」

そう言ってルドがマスクを外すと、しっかり牙が生えていた。

普段から牙のついたマウスピースをしてるってこと?

「ヴァンパイアなのに働いているんですね」

ヴァンパイアだと信じてはいなかったものの、ルドがどういう反応をするのか気になった。

「生きていくことだけ考えたら、特にお金はいらなんですけど、買い物をするにはお金が必要なので」

「イーターって稼げます?」

「人と常に会う必要が無いですし、時間の融通が効きやすいので」

「それって、太陽が・・・」

「太陽が苦手というよりは、夜型ヴァンパイアなので、夕方以降に働けるので」

夜型ヴァンパイア・・・。ヴァンパイアに昼型とか夜型とかあるのか・・・。

また少しルドに対して興味が湧く。

恵留はルドにちょっと意地悪をしてみたくなってしまった。

ルドがどこまで本当になりきりなのか?試したくなったのだ。

血に反応するのなら、絆創膏を外したら、どうなるのか。

そっと指から絆創膏を外す恵留。

と、ルドの目がキラリと赤く光り、恵留の指にむしゃぶりついてきた。

「キャーーー!」

思わず悲鳴を上げてしまう恵留。

チューチューと指を吸うルド。

痛みは無かったものの、異性に指を吸われるという行為自体初めてで、少し混乱もあった。

そう思ったのもつかの間、アパートの隣のドアが開く。

悲鳴を聞いて、誰かが出てくる。

隣人は自分よりも少し年上の男性で、たまに鉢合わせになったときに会釈するぐらいの関係だ。

こんな状況を見たら、きっと騒ぎになるだろう。

そもそも、絆創膏を外して、ルドに意地悪をしたのは自分である。

恵留はとっさにルドを部屋の中に引き入れる。

「どうかしましたか?」

隣人の男性がドアから少し顔を出して声をかけてきた。

「すいません。虫が飛んできて・・・」

恵留は頭を下げる。

「本当にごめんさない」

男性は納得したのか、ドアを閉めて部屋に戻っていった。

ふー。危ない。危ない。

何が危ないのかはわからなかったけれど、危機を脱出した感はあった。

恵留もドアを閉じ、ため息。何をやっているのかという思いと、事なきを得たことで安堵の思いがあった。

振り返るとルドが土下座をしている。

「本当にすいません。すいません」

平謝りのルド。

少し申し訳ない気がした。

そもそも恵留が絆創膏を外したのが原因だ。

本当に血に反応しているのかもしれない。

「いえ、私も悪かったので。気にしないでください」

「本当ですか!ありがとございます!」

と、顔を上げたルドは、まるで別人の超絶イケメンになっていた。

えっ?

ルドは立ち上がり、恵留の手を握る。

思ったよりも冷たい手。ひんやりとしていて、人間のものとはまったく違う感覚。

ありがとございますと言いながら、ルドの顔が恵留の顔に近づいてくる。

鋭いけれど吸い込まれそうな朱色の瞳、細く伸びた眉、すらっと伸びた鼻筋、そして人間の肌とは思えない少し不健康そうにも感じる青白い肌。

恵留はルドの顔に見惚れしまったのか、それとも何かの力なのか、近づいてくるルドに対して、何もできなかった。

このまま血を吸われてしまうのかもしれない、そう恵留は思った。けれど、血を吸われることが、まるで当たり前のように自然なように感じた。

むしろ血を吸われてしまいたいとさえも。

全身から力が抜けていく感覚がある一方で、身体の奥から何かが湧き上がってくる。

それは今までにあまり感じたことが無いものだった。

感情なのか、本能なのか、情欲なのか。

ルドの少し血色の悪いピンク色の唇に、吸い寄せられそうになる恵留。

瞼を閉じようと思った矢先、ルドの顔が、徐々に膨らんで、いつものルドに戻った。

・・・。

少しの沈黙の後、恵留は我に返り、ルドを突き飛ばす。

再び平謝りをするルドを見て、恵留は罪悪感を感じた。

そもそももっとルドが近づていくる前に、はねのけることはできたからだ。

イケメンだったから近づくのを許したのか、それともヴァンパイアの魔力なのか。

「あのぉ、ルドさん、顔を上げてください」

「本当にごめんなさい」

ルドが心から謝っていることは、恵留にも十分伝わっていた。

「どうして急に・・・、その、指を・・・」

「生娘の血は、ヴァンパイアを惹きつける力が強いのと、かなり久しぶりだったこともあって、本能を抑えることができませんでした。ごめんなさい」

ヴァンパイアの本能とは、人間の本能と同じ感じなのだろうか。

恵留はルドの顔が変わったことも気になって聞いてみる。

「顔も全然違ってて」

「それは緊張状態というか、気合が入っている状態といか」

そう言うとルドはボディビルダーのように、マッスルポーズをとり始めた。

その瞬間、全身がシュッと細くなり、イケメンに戻る。

が、すぐにいつものルドに戻ってしまった。

「こんな感じで、一瞬なら気合で戻れるんですけど、生娘の血を飲むと気合がめっちゃ入るので、さっきみたいに結構長い時間、本来の姿に戻れます」

恵留はは、目の前で繰り広げられている、言ってしまえば変身劇を、どう理解すれば良いのだろうと感じていた。

手品とかの類でないことは確かだ。

何故なら、ここは恵留の家だから。

指を切ってしまったのだって偶然。

そもそもイーターでルドがうちに配達をするなんて、偶然以外に考えられない。

そう考えると、ルドは本物のヴァンパイアということになる。

まさかね。

「恵留さん?」

言葉を発せず熟考してる恵留の状態が気になったのだろう。ルドが少し心配そうな顔で呼びかけてきた。

今すぐに明確な結論が出せるとも思えない。

「信じます」

ルドは少しキョトンとした顔をする。

「ルドさんがヴァンパイアということを信じます」

恵留は言い直す。

「あと、今回のことは私にも責任が無いとは言えないので気にしないでくださいね」

ルドの顔がパッと明るくなる。

「ありがとございます!」

「ただし・・・条件があります」

「条件ですか?」

恵留はルドに、興味が湧いてきた。

それは、純粋な好奇心というのもあるし、血を吸われ迫られた時に感じた何かを、確かめたいと思ったというのもある。

「今後も取材をさせてください」

ルドは少し逡巡したのち、恵留の条件を承諾した。

恵留とルドは、連絡先を交換し、ルドは家を出る際に再びお辞儀をして、帰っていく。

その姿を見て、恵留は複雑な気持ちになっていた。

よくよく考えれば、男性を家にあげたこと自体、人生で初めての経験だ。

血を吸われるというハプニングがあったとはいえ、それを除けばとても素直で誠実な人のように思える。

いや、誠実なヴァンパイアか。

ブルリ。

少し落ち着いたら、身体が冷えてきた。

思った以上に汗をかいていたのが原因だ。

下着も着替えなくてはいけなかった。

こんな感覚はいつ以来だろうと思う。

恋愛はこれまでだって何回かある。

ただもう一歩踏み出せない自分がいて、最近は仕事に集中していたこともあって、忘れていた感触。

恵留は再びシャワーを浴びながら、その感触を確かめるように、そして思い出すように、ジンジンと染みる指先で感じていた。


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