自称ヴァンパイアは輸血パックがお好き!?
その後、恵留は会う人会う人に簡単に話を聞いていく。
アルカードくんと楽しい会話のおかげもあってか、最初に少しあった緊張感はかなり無くなっていて、他の人ととも普通に話すことができた。
もっと、あたふたするかと思ったけれど、これもめぐみ様のおかげだ。
取材では、質問事項はあらかじめ作っておくのが基本だ。
ただ、質問事項に引っ張られると、話が面白くならない。
めぐみ様曰く『話を掘れ』である。
相手の話を聞いて、そこを深堀っていく。
興味を持って聞けば、ほとんどの人はどんどん自分から話してくれるからだ。
質問事項にこだわると、話したい相手の気持ちを遮ることになり、場の雰囲気も良くならないという。
全部、めぐみ様の受け売りである。
そんなめぐみ様の教えもあって、今のところとてもうまくいっていた。
ヴァンパイア・ラブライフの参加者たちはかなり様々。
基本的にはヴァンパイア好きが映画やアニメ、マンガなどについてワイワイと楽しむ会で、特にヴァンパイアに縛っているわけではなく、どちらかと言えば、ライトな層が多い印象だ。
もちろん、生粋のヴァンパイアマニアもいて、ヴァンパイア伝承や歴史考証などを延々と語る人もいたけれど。
最初は興味深かったものの、情報量が多くて、途中から話が理解できなくなっていた。
でも、それもめぐみ様タイマーのおかげで乗り切れた。
初めて取材ながら、結構クールに振る舞えているのではないだろうかと思う。
5人目に話を聞き、ありがとうござましたと席を立ちお辞儀をする。
と、お尻が突起のある柔らかい何かにぶつかった。
恵留が振り返ると、そこにはちょっと小太りのパーカーのような服を着ている40代ぐらいの男性が座っていた。
・・・。
たぶん、恵留のお尻が顔に当たったように思われる。
「すいません!」
恵留は頭を下げてすぐに謝った。
相手も体を小さくするような感じで、「いえいえこちらこそすいません」と謝ってくる。
その口には少し鋭い感じの牙が見えた。
コスプレの一貫なのだろうと思ったのだが、服装と合わない気もする。
と、男は急に細い管を口にしてチューチューと吸い始めた。
すると、その牙がシュッと引っ込む。
えっ?
多少疑問に思ったものの、そういうギミックなのだろうと自分を納得させた。
チューブの先には、輸血パックが置いてある。
そういえば、前に見た韓国ドラマで、ヴァンパイアが輸血パックの血を飲んでいるシーンがあった。
きっとこだわりなのだろう。
これまで話を聞いた人には、韓国系の作品について話をする人はいなかったのもあって、恵留は少し興味が湧いた。
また違った面白い話が聞けるかもしれない。
「お話伺ってもよろしいですか?」
「はい。大丈夫ですよ」
恵留は男の対面に座る。ネームプレートにはルドと書かれていた。
ルド?
これまで話を聞いた人のハンドルネームは、ヴァンパイア系の作品の登場人物ばかりだった。
ルドというのは、恵留の記憶にはない。
知らない作品だろうか?
恵留はスマフォを取り出し、
「録音OKですか?」
と手順を踏む。
「ごめんなさい。録音はちょっと。でも、嘘はつきません」
「はい。わかりました」
恵留はスマフォをテーブルからしまう。もう何人かに話を聞いて、写真も結構撮れているから、記事の作成には問題ないだろう。
特にこのルドという男性にこだわる理由もないと思えた。
顔は丸顔系で、少しふっくらとしているのだが、目元にはっきりとわかるクマがある。
「それにしても、輸血パックというのは凝ってますね」
「凝ってるというと?」
「韓国ドラマであったじゃないですか。それなのかなーって思って」
「そんなドラマあるんですね。でも、これは本物ですよ」
そうか。なりきりヴァンパイアってことなのだろう。
さっきそういう話を聞いた。
あくまで、このコミュニティの中では、ヴァンパイアとして振る舞う、いわゆるなりきり勢の話だ。
「そうなんですね」
恵留は話を合わせることにする。そのなりきりをツッコんでも野暮というもの。
「ルドさんは、ヴァンパイアなんですよね」
「そうですね。いつの頃からか、そう呼ばれるようになりました。結構前のことすぎて、ほとんど覚えてないですけど」
「おいくつなんですか?」
「人間の年齢でいえば、2024歳ですね」
年齢を刻んでくるあたり、設定がいろいろとあるのだろう。
「すごいですね」
と、相槌を打つも、またルドの歯がニョキッと伸びて牙が生えてきた。
慌てて、ルドがチューブをチューチュー吸う。
すごい仕組みだ。どうなっているのだろう。
「その牙すごいですね」
「勝手に出てきてしまうんですよ」
勝手に出てくるわけがないだろうと思いつつ、恵留は話をもう少しだけ掘ってみたくなった。
「勝手にというと・・・」
「生娘に反応するので」
!
失礼な。いや、生娘であることは間違いないけど、それにしてもである。
と思ったが、設定設定と恵留は自分に言い聞かせた。
正直、反応には困った。イエスと言えば、生娘であることを認めることになるけど、それをこんな場でカミングアウトするのも気恥ずかしさがある。
かと言って、強い否定もまた、相手の気分を損ねるような気もした。
出した結論は、
「そうなんですねー」
抑揚のない空返事的な感じ。
この話題はさっさと変えてしまおう。
「ヴァンパイアっていうと、こう何ていうんでしょう、スラリとした感じというか・・・」
「ああ、それはただの食べ過ぎです」
「食べ過ぎ?」
「日本食が美味しくて、ついつい食べすぎてしまって」
「人間の血以外も食するんですか?」
「普通に食べますよ。人間の血を飲むのは、免疫的な観点からですね」
「免疫・・・」
「ええ、僕達にも一応ウイルスとか、細菌に対抗する生体機構が存在しているのですが、どうしても作れない抗体があって、人間の血を飲むことで抗体を取り込んでいるんです」
そんな話聞いたことが無かった。
どういう設定のヴァンパイアなのだろう。
恵留は、このルドという男性に少し興味が湧いてきた。
ポケットから、おもむろに十字架を取り出し、ルドに向けてみる。
・・・。
何の反応もない。
「どうかしましたか?」
「いえ、ヴァンパイアといえば、十字架に弱いじゃないですか」
「ああ、私が知っている限りでは、十字架に弱いというのは無いですねぇ」
「じゃあ、ニンニクとかも?」
「ニンニクは好みの問題ですね。普通に食べられるけど、あんまり好みじゃないかな」
好みの問題・・・。
「そういうものなのですか?」
「人間にだって好き嫌いあるじゃないですか。それと一緒ですよ」
確かにヴァンパイアが皆同じものが苦手というのは、おかしな話かもしれない。
人間と同じように、ヴァンパイアごとに違いがあるというのは、興味深い解釈だと恵留は思った。
ブブブブ・・・。
と、ここでタイマーが鳴る。
恵留は、もう少しルドの話を聞きたいというのもあったが、もう時間も遅くなっていた。
「あの、最後に1つだけ質問しても良いですか?」
「どうぞ」
「なぜ、このコミュニティに参加したのですか?」
「だって本物のヴァンパイアがいても、違和感無いじゃないですか」
言われてみれば一理ある。
輸血パックから本当の血を飲んでいたとしても、凄いこだわりと思う人がいたとしても、それで彼を本物のヴァンパイアだと言う人は、この場にはいない。
これが普通の町中のカフェだったら別だが。
恵留はルドにお礼を言い、席を離れた。
なりきりとは言え、設定が独特すぎて、それはなりきりなのだろうか?という疑問が残ったけれど。
***
記事を書くネタは十分溜まったのもあって、恵留は主催者であるディーに挨拶して帰ることにした。
「本日はありがとうございました」
「どうでしたか?ヴァンパイア・ラブライフ。良い記事になりそうですか?」
「はい。面白い記事になると思います」
と笑顔で言ったものの、そもそも自分が書いた原稿が記事になったことは無いので少し不安ではあった。
ただ、それはディーには関係のない話だ。
面白い記事にしなければいけない。
恵留はふと先程のルドのことが気になったので、ディーに聞いてみる。
「ルドさんってどういう人なんですか?」
「ルドさんかあ。この会の最初の頃から参加してくれている人で、悪い人じゃないですよ」
「自分をヴァンパイアと言ってますけど・・・」
「まあ、この会だと、自称ヴァンパイアの人は結構いますね。その中でもルドさんは、確かにちょっと変わってるかも」
「やっぱり」
「輸血パックでジュースを飲むとか、独特のヴァンパイア観を持っていますね」
「やっぱり血ではないですよね」
「ヴァンパイア・ライフスタイルといわれる人たちの中には、サンギナリアと呼ばれ、実際に血を飲む人たちもいますけどね。でも、流石に血ではないと思いますよ」
「そうですよね」
人間の血を実際に飲む人もいるのか。
少なくともルドは少しユニークな存在であることは間違いないようだった。
恵留は一番気になっていたことをディーに聞いてみる。
「そういえば、ルドさんの牙ってどういう仕組みなんですか?」
「牙?」
「はい。なんか・・・急にニョキッと生えたり、引っ込んだりしてビックリしてしまって」
流石に生娘がトリガーになっているとは、言えなかった。
「そんなあったかなあ。でも、牙のマウスピースを着けてるのかな。カラコンとかも着けている人がいるし」
「マウスピースかあ」
マウスピースのようには見えなかったけれど、そういうものなのかもしれない。
本人に直接聞いても、なりきりだからちゃんと答えてくれないだろう。また機会があったときに確認すれば良いか。
恵留は多少疑問というか、モヤモヤしたものが残っていたが、ディーに挨拶をしてカフェを後にする。
外は予想外に冷え込んでいて、少し身震いした。最近、急に冷え込んできて、少し前まで暑さに苦しんでいたあの夏が遠い昔のように感じる。