潜入!ヴァンパイア・ライフスタイルコミュニティ
ついに!ようやく!私の時代が来た!
東金恵留は、高ぶる気持ちが抑えきれず、取材先へ向かう足取りも軽く、スキップしてしまいそうだった。
しかし、そこは気持ちを抑え、冷静に振る舞う。
もう26歳なのだ。一端の大人である。
はしゃぐなどもってのほか。
これは、恵留が目指す小苦樂めぐみの影響とも言える。
小苦樂めぐみは、超有名雑誌の看板編集者だ。
最前線で働く女性として、容姿端麗な見た目も相まって、雑誌で取材されたり、テレビにも出演している。
最近では動画サイトでもよく見るようになった。
落ち着いた話口調ながら、斬新な切り口と鋭い指摘、刺すような視線、そして一気に相手を畳み掛けるときには口元の右側が少しだけ上がり、不敵な笑みを浮かべることから、冷笑の魔女と言われている。
また、強い口調から小苦樂めぐみについては、賛否あり意見がわかれる人物でもあった。
ただ、恵留にとっては、今や神に近い存在でもある。
それはとある雑誌の写真がきっかけだった。
テレビなどではその舌鋒と見た目から、気の強さが全面に出ていたのだが、雑誌の写真はとても柔らかで、衝撃を受けたのを今でも覚えっている。
雷に打たれたような感覚があった。
その雑誌がきっけかで、恵留は事務職として働いていた会社を辞め、編集者を目指したのだった。
私も小苦樂めぐみ様のようになりたい。いや、私は絶対になる!そう決めていた。
ただ、現実は甘くなく、結局、採用してくれたのはサブカル系オカルトWebメディア アトラだけ。
それもアルバイト社員という微妙な感じの。
それでも恵留は嬉しかった。編集者としての第一歩が踏み出せたからだ。
けれど、そんな意気込みも3ヶ月もしたら、しぼんでいく。
そもそも編集のイロハなどは教えてもらえず、雑用的な日々が続いたからだ。
心が折れかけたこともあったが、恵留は編集者となるために、歯を食いしばってがんばった。
そして、編集作業の手伝いを経て、企画を立てる仕事を与えられたのだが、そこでも壁にぶつかる。
何度も何度も企画をボツにされ、もうダメかと思っていたのだが、ついに!ようやく!企画が通ったのだ!
『現代に吸血鬼は存在するのか?血を飲む秘密集会?ヴァンパイア・ライフスタイルに迫る(仮)』
オカルト系は全然詳しくなかった恵留であったが、昔からヴァンパイアが好きだったのもあって、ダメ元でヴァンパイアネタを出してみたのである。
ヴァンパイア好きといっても、アニメのヴァンパイアしか知らなかったけれど。
それでも企画が採用された時は、雲間から太陽の光が降り注ぎ、世界がキラキラと輝いて見えた。
で、本日はその取材である。
***
場所は曙橋駅の近く。すでに日が暮れていて、肌寒い季節になっていた。
ヴァンパイア・ライフスタイルとは、ざっくり言えば、ヴァンパイア好きの人たちによるヴァンパイアを真似る行為みたいな感じだ。
実際に血を飲む人もいるという。
今回の取材は、そのヴァンパイア・ライフスタイルコミュニティの集まり。いわゆるオフ会的なものである。
会の名前は、ヴァンパイア・ラブライフ。今回で30回目の開催だという。かなり長い。
すでに主催者には連絡をしていて、快諾をいただいていた。
会合場所は、個人経営のカフェで、大通りから横道に入った奥まったところにある。
街頭が少なく、暗め道だったが、恵留の視線の先にはすでに目的のカフェが見えていたから、それほど強さは無かった。
それほど特徴的なものがない、カフェらしい外観で、窓にはブラインドがかけてあるらしく、中の様子は見えない。
ただ、カフェに近づくにつれ、ワイワイとした人々の声がかすかに聞こえてきた。
盛り上がっているようだ。
恵留は木製の少し大きめのドアに立ち、気持ちを整えるために、息を吐く。
ドアをゆっくりと開けると、少し暗めの照明とは裏腹に、賑やかな雰囲気だった。
恵留はさっと周囲を見渡す。
左手にカウンターがあり、テーブル席は8席ほどか。
思った以上に大きなお店だった。
みんなヴァンパイアの格好をしているのかと思ったが、意外とコスプレしている人は少ない。
「こんにちは」
入口の右手のテーブルに、可愛らしいヴァンパイアの格好をしている女性が話しかけてきた。
「こんにちは」
恵留は軽く頭を下げる。
「お名前を伺ってもよろしいですか?」
どうやら受付的なものらしい。紐の付いたネームプレートが首から下がっている。
名前はミラカ。本名ではないだろう。おそらくハンドルネーム。
「あー、あの、今日は取材で・・・」
「あー、聞いてます。ちょっと待ってくださいね」
恵留が頷くと、受付の女性は席から立ち、お店の奥の方を向き手を挙げる。
「ディーさーん!取材の人が来てまーす」
思った以上に通る大きな声で、何人かがこちらを見た。
少し気恥ずかしさがあったが、そこは冷静さを失わないように振る舞う。
初めての取材なんてことがバレではいけない。気分はめぐみ様だから。
奥からおそらくディーと思しき、中年の男性が近づいてきた。
特にコスプレもしておらず、身ぎれいな感じの、年相応の服装。
「今日はありがとうござます。この会を主催しているディーです」
柔和な笑顔のディーは、ヴァンパイアとはかなりかけ離れた印象だった。
「こちらこそ、取材のご協力ありがとうございます」
恵留は名刺を取り出し、ディーに渡した。
「参加者の皆さんには、取材について話してあるので、お好きに取材して大丈夫です。名前はハンドルネームであれば記事に書いていただいてOKなのは、承認を取ってあります。では、何かあれば、私を呼んでください」
と言っても、何からはじめたら良いのか、恵留は少し迷っていた。
そもそも取材なんて初めてなのである。
一応、編集長からは、写真をたくさん撮ることと、話を聞く時は録音をするように言われていた。
そもそも記事なんて書いたことがないし、何を聞けばよいのだろうとも思う。
「あの、皆さんが飲んでいるのは血ですか?」
恵留は思わず疑問に思ったことを口走ってしまった。流石にいきなりすぎる気もしたが、ディーは笑いながら
「そんなわけないですよ」
と答えてくれる。
「海外だと、実際に血を飲む人たちが集まる会があると聞いたことはありますが、日本ではそこまでする人はいないですね。お酒が好きな人はワインで、あとはトマトジュースとかです」
「で、ですよねー」
あははと、ちょっとおちゃらけた雰囲気で場を濁す。
バカか私は。
「ああ、そうだ。今日だと、アルカードくんなんか気合入ってて、取材に良いかもしれない」
そう言ってディーは人混みの中に入っていったと思ったら、かなり気合のヴァンパイアのコスプレをした人を連れて戻ってきた。
「こんにちは。アルカードです」
肘を曲げ、手を肩のあたりに置き、軽く会釈。確かに雰囲気にはある。
顔を上げると、おそらく笑顔なのだろうが、メイクがかなり凝っていて、少し不敵な笑みに見えてしまうほど。
ディーの言う通り、かなり気合が入っていて、下の顔も整っているのだろう、美しくも妖艶なヴァンパイア感が結構出ている。
「すごいですね!」
「ありがとうございます」
その姿に少し見惚れていると、
「写真撮ります?」
と、アルカードから促される。
そうでした。私は取材に来ていたのでした。
「アングルとかどうしようかなあとか」
とっさに出た言葉だったのもあるが、アルカードの表情は言葉が伝わっていないサインが出ている。
そもそもアングルって何だっけ?
「ああ、撮影の場所とか、ポーズですか?」
「そうです、そうです。うちの会社ではそういうのアングルとか言ってて」
良いように理解してくれたらしい。セーフ。
「いやあ本格的ですねぇ。奥の壁のところが良いかもしれません」
アルカードは言いながら、恵留を案内する。案内といっても、ワンフロアの部屋だから、まっすぐ進むだけだけど。
歩きながら、参加者の顔ぶれを見る。
上は50歳ぐらいから、恵留と同じ20代ぐらいまで、男女比は6:4ぐらいで思った以上に女性が多いのが印象的だった。
耳に入ってくる話題はというと、何だか最近のアニメとか映画の話のようだ。
アルカードの方に目をやると、すでに壁の前でポージングを考えていた。
ここで、恵留は伝家の宝刀を背中のリュックから取り出す。
一眼レフカメラだ。
近年では、スマフォのカメラの進化で、スマフォで撮影しても写真集などでなければ、ほぼ問題ない。
しかし、これは取材なのだ。
『取材では一眼レフがベストです。それは、取材される方の気分が上がるので』
めぐみ様の言葉である。
実際に一眼レフを取り出した瞬間、少し雰囲気が変わるのがわかる。
アルカードくんの表情も少し気合が入ったように見えた。
そして、さらに恵留はカバンから、一眼レフの上につける長細いフラッシュを取り出し、横のテーブルに置く。
最近のカメラはどんどん進化していて、普通に撮影する分には、一眼レフに元からついているフラッシュで事足りる。
追加のフラッシュなんてほぼ必要ない。
もちろん、高クオリティーを求めるなら別だが、それは写真がメインの場合だ。
だから、このフラッシュも、雰囲気作りのアイテムの1つである。
追加のフラッシュを出すだけで、空気感が一気に変わるのだ。
「まず、軽く何枚か撮りますね〜」
恵留は一眼レフを構えて、パチパチとアルカードを撮り、カメラの背面についているディスプレイで写真を確認した。
といっても、本当のところ、恵留も良くわかってはいない。
ただ、こうすることで、相手がちゃんとした取材をされていると感じてくれるからだ。
「この明るさなら、フラッシュは大丈夫そうですね。では、撮影しましょう」
アルカードくんもかなりやる気になってくれて、自分からいろいろなポーズをしてくれた。
恵留にとってはとてもありがたい。
そもそも、初めてなので、どんなポーズが良いかなど皆目見当がつかなかったからだ。
そんなことはお首にも出さないけれど。
その後は、アルカードくんに話を聞いた。
アルカードくんは大学生で、メイクの影響もあって同じくらいの歳かなと思ったら、思った以上に若かった。
もともとはゲーム「CODE VEIN」の世界観が好きで、そこからマンガ「HELLSING」にハマったという。
その気持ちは恵留にも理解できる。恵留自身はヴァンパイア騎士から入って、もちろんHELLSINGも読んでいて、大ファンである。
そんなこともあって、アルカードくんとは、アニメやマンガの話で盛り上がってしまった。
最初は不敵な笑みに思えたのだけれど、こうして話していると、屈託のない笑顔がちょっとまぶしい。
それは若さゆえの真っ直ぐさなのか、ちょいイケメンだからなのか。
危うく取材だということを忘れそうになったが、テーブルに置いたスマフォがブブブブブと振動し、我に返る。
これもめぐみ様直伝の必殺技だ。いろいろな人に話を聞きたいときには、あらかじめタイマーを設定しておく。
そうすることで、次の取材者に移ることができるからだ。
もちろん、時間がきても取材を続けたってかまわない。逆に、もっと話を聞きたいとなれば、それはそれで相手も嬉しいからだ。
また、ネタとしては弱いなと思った時に、話を切り上げやすいというのもある。
めぐみ様凄すぎ。
本当はアルカードくんともっとアニメ話をしたかったのだけれど、今回の取材はコミュニティがメインだ。アルカードくんではない。
「もっとお話を聞きたかったのですが、他の人にも話を聞きたいので。ありがとうございました」
断腸の思いで、席を立つ。
決して、アルカードくんがちょいイケメンだからでは断じてない。
「あの!」
引かれる後ろ髪からアルカードくんの声。
ああ、駄目ですよ。私だって、本当はもっと話していたいのだから。
「写真って、後で貰えたりしますか?」
あー、そうですよね。
「はい。大丈夫です。連絡先教えて貰えますか?」
という感じで、アルカードくんと連絡先を交換する。
初めて会った男性に連絡先を聞かれるというのは、ちょっとドキドキするのに、仕事となると淡々としていて、何とも味気ない気はした。




