頭をひねれば
「兵科、決まった?」
「ゔーん、まだ…………」
教科書、帳面、辞書、丸暗記すること18時間。眠気は今もかなりぎりぎりだが、一応今日分の7教科を把握出来た。もしも想定外の質問が飛んで来たら諦めるほかないが、最低限なら支障はない。朝風呂も浴びて、本当に後は組を決めるだけ! いや、正直言うと、ここが一番の困りどころなんだけども…………。
「赤の普通、黄の経理、黒の法務、緑の技術、白の衛生…………」
「赤と黄。試験が簡単」
「制服はやっぱ白か黒が見栄え良いんだけど…………」
「黒は試験難しい。白なら、私が居る」
「血を見るのは嫌なんだよなぁ」
「なら黄と緑。後方勤務。でもおすすめは赤」
これが良いけどここはやだ、あれが良いけどあそこがやだ。何度話を広い浮かべても、結論の地点に居るのは「何もしたくない」だ。僕は下着のままでの堂々巡りを終わらせようと、考えることを捨ててギアが宣伝する赤に決定した。なにやらエレオノーアさんとノエルさんも赤だと聞いたし…………、僕は赤い装飾の制服に袖を通す。
「ん、似合う。あと、…………そろそろ、来る」
いつの間にか制服になったギアが扉を指さした。じっと聞き耳を立てると小走りな足音が聞こえる。しかしそれとは別に、天井よりもすっと上の方からざーっと雑音ノイズが鳴る。魔力を感じたので拡散魔術の準備音だろう。それが急に静まると、演奏隊の息継ぎの後に行進曲が流れ出した。
~~♪ ~~~♪~~♪ ~~~♪
「06時00分。06時00分。移動厳禁。移動厳禁。本日、朝点呼、清掃無し。本日、朝点呼、清掃無し。栄光あれー」
~~♪ ~~~♪~~♪ ~~~♪
音楽の中から間延びした女性の声が響く。乱雑な発音と背景の演奏に惑わされなかったのだから及第点だろう。ギアに答え合わせを頼むと、うんうん良い出来だと頷かれた。そしてもう一問答えろと聞き取りが出題される。
「giea henze kthrato」
「占い、推理、規則!」
帝国人は名前専用の語を持たない。代わりに使うのは名詞とか動詞とか形容詞とか…………。並びだって少し不思議で、1番が自分の名前、2番が異性親の、3番が同性親の、4番以降は家名だったり称号だったり…………。愛称だって、全部の初めの方を抜いたり、1番と3番の初めを繋いだり、語呂で切り抜いたり…………、これで1番目が子供扱いなのもまた面白い。貴族は名前をつなげて文にするとか、愛称は言い易さじゃなくおしゃれの問題だとか…………、知れば知るほど興味深い。
「aforoteth cmay vomark」
「違う。フォーマルク。伸ばすのは最初の母音」
やっぱり一番難解なの発音だ。しっかり発音しないと別の単語になってしまう。語順は同じで単語も分かったとしても、舌の機嫌次第で全然違う。最初の母音は伸ばして、いつもと違う拍子で言葉を繋げる。ここを楽しめる人であれば良かったんだが…………。
こん、こん、こん。
会話が途切れるのを待っていたのか、ようやく扉が叩かれた。ささっと扉の傍に居たギアが客を確かめた。訪問者は僕より頭2つ高く、ギアと比べても赤毛の男性だ。赤い襟飾にいかにも高級な黒革外套、身分は高そうだ。教員なのかな、僕は取り敢えずペコリと挨拶をした。
「ヴィムです」
「あ、赤を選ばれたんですね、良い選択だと思います! わ、私は本日よりこちらに…………親衛隊所属の戦略運命師、ベーロイジア・スーティン・ニークトです。…………ああ、えーっと、それで同じ組にも1人、ご友人を用意します。そ、の、あっ、あなたに満足いただけるといいのですが…………。あっ、あー、これは、校内の地図と通信機と術符です。問題や以上があれば私かギア学生に報告を…………。本日中だけ彼女が授業に同伴します。そっ、それ…………では」
彼は駆け足で校舎に戻っていく。早口で圧迫感のある捲し立て、終始どもったり、ひっかかったり…………緊張していたんだろう。まあ多分21くらい、まだ正式入隊したてで焦りがある時期、未来の僕みたいなものだから応援しよう。押し付けるように渡された物を、折りたたんで衣嚢に詰め込む。それからしばらくその場で談笑していたら、2度目の放送が流れて来た。
~~♪ ~~~♪~~♪ ~~~♪
『06時30分。06時30分。移動許可。移動許可。栄光あれ』
~~♪ ~~~♪~~♪ ~~~♪
「ん、出火元よし、窓なし。あ、この部屋、構造違うから人入れちゃ駄目」
ギアが鞄を抱えて僕に帽子をかぶせて手を引く。地図と見比べるて確かめると、ここは校舎右の寮らしい。食堂は校舎の上側でここからだとそこそこ近い。部屋の近隣に何か所も塗りつぶされた場所があり、好奇心が出てくるがここには近づかないことにしよう。取り壊しならまだしも、何らかの機密がある場所だったら、退学(死亡)にされかねない。
「…………わっ」
ぼーっと地図を読みながら10分くらい歩いているとつんのめる。前にもノエルさんとこうなったな、とすでに懐かしい感覚が出てきている。実際は昨日の話だ。巨大な灰色煉瓦を組んだみたいな床、白い布を掛けられた長ーい机、木製の椅子は少し高級感がある黒さ、天井に輝く集合飾灯。
「ねぇ、ギア。すごいね」
「ん。ここ、自由席だけど決まってる」
ギアが少し屈んで僕に耳打ちをする。金髪青目の横は駄目、長髪の男は気性が荒いから近づくな、配膳近くは上級生の場所…………、特に危険なのは黒い絨毯、そこらに座ると親衛隊の色だからって親衛隊派と護国軍派がやっかいなことにする。
「私の傍、安心」
ギアが僕をぎゅっと抱きしめた。そしてギアのいつもの席まで2人で向かう。年や組を気にしない、小さな集団の寄せ集めみたいな感じだ。狭い範囲でみんな制服がちょっとずつ違って面白い。ギアに勧められるまま席に着くと、不思議な髪色の子がギアに声を掛けた。上は輝黄で下が黄丹、朝焼けの色だ。僕と制服が同じだし、同じ組の子なんだろう。
「ギア、本当に案内役なんだね。忙しそうだから配膳しといたよ」
「ありがとう。アリス。こちらはヴィム」
「疾病により入学が遅れましたが、今日より正式に同学年となります。よろしくお願いします。アリス生徒」
先日にギアに教え込まれた言葉を反射で返す。じっと周りの反応を窺うが、発音に違和感もないようだ。アリス生徒は普通ににこりと笑った。食べた皿が身分の高さというように、同学年でも僕と彼女達には少し溝がある。ギアにはうっかりタメで行ってしまったが、本来は許可が出るまで敬語は外せない。
「どうも! この学校は女子少ないからさ、困ったらいつでも呼んで呼んで~!」
「ありがとうございます」
とはいえ、全面に礼儀礼儀と言われるわけじゃない。この学校の文化として、こういう関係の相手に壁をいくら下げられるかが度量、という価値観がある。必死に下げ過ぎてちゃんとした同期よりべたべたになったりもするが…………、まあこの人は大丈夫そうな距離感。
「あと10分…………だよ」
アリスさんの横の子が残り時間を教えてくれた。座学で来たか、組に馴染めなかったのか、華奢で薄い体格に幸薄な印象。肩までの紅掛空の髪がより肌を不健康に見せている。
「ヴィム。食べよ」
「はい」
食器を片付ける時間含めて10分、しっかり味わうには厳しいものがある。少し名残惜しいまま口に適当に押し込み紅茶で流し込む。食べ終わった2人も僕とギアを待っているので急がなければ…………。
本日の朝食
【ねじり禾本捏焼】
単純な味だが、主食としてきっちり務める覚悟はありそうだ。くるくるもちもちとしていておいしい。
【塩野菜炒め】
こちらも単純な味付け。雑食としては野菜ばっかりで物足りない気持ちがある。おいしい。
【卵焼き】
3つ並んで居るのをぱっぱと口に放った後、それぞれ味が違うのに気が付いた。甘いのとしょっぱいのと出汁味の…………。ギア達が朝によく出ると言っていたので次はちゃんと食べることにしよう。
【紅茶】
熱い、甘い、なんか深い。僕には紅茶の旨さがわからない。これは獣人特性なのか、周りの子と育ちが違うからなのか…………。人よりな獣人の友達は結局0。初日はどたばたで2日目にはここ、できる方がおかしい。不満と食事は紅茶で押し込んだ。
そして全員が食べ終わったら食器を片して、そこから雑談しながら4人で足早に朝礼へ向かった。朝礼の位置は月ごとに変わるそうで、今月は校舎から見て左下の広場だ。倉庫や講堂が立ち並んでいて、普通科の演習場所が広がっている場所。僕は来る頻度が高そうだ。下駄箱には僕用の外靴が用意されていた。
「…………私、あっちだから」
「ギアもソラも位置違うし、私と行こっか。号令聞いて周りに合わせたら何とかなるからね」
衛生のソラは普通の僕達とは一番遠い集団に紛れて行った。しかしギアは何故か普通の最前列に居る。不思議だなぁと思いながら案内通りの場所に立った。女子は後ろの5列横隊、アリス生徒は僕の左前だった。まだ時間があると思っていると、長髪の人達が髪を帽子にしまい始める。髪紐も使わず長髪をしまえるとはなかなか器用だ。途中で漏れ出ないのだろうか? 僕もそれを見て髪をしまった。ごわごわするから切った方が良いかもしれない。
「ヴィム、めっちゃ見栄え良いね、良くない? やばーい、かわいい」
「ありがとうございます」
「あ、やばいやばい、敬語外しちゃっていーからね。規則あるの忘れてた、んふふ」
距離を取っていたんじゃないらしい。小さくぺこぺこっと返す。褒め返そうと思ったが不自然になりそうなので諦めた。僕は自然に人を褒められる人種じゃない。彼女みたいなきらきらした人にはどうしても引き下がってしまう。あとは緊張してる人も…………。多分気を遣うのは人並み以下なんだと思う。
「あっ、来るよ」
国旗台の左右の演奏隊の腕が揃って上がった。
~~♪ ~~~♪~~♪ ~~~♪
「07時30分。07時30分。国旗掲揚。国旗掲揚」
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左右の演奏隊の内側に放送担当の人影が見えた。全体に敬礼の号令がかかる。国旗台の左右に立つ法務の男子生徒2人が国旗を揚げる。やはり前に立つのは見栄えが良い奴らのだろうか、2人とも派手で神経質な顔つきに長身だ。その作業が終わると、2番に入りかかっていた演奏隊に止まれがかかる。国歌全部ではなくてよかった。うちの国歌は14番まであるから腕が痺れていたに違いない。
「えー、――――