2・4 告白
次の瞬間、ジークヴァルトと私は王宮にいた。しかも小さいころによくふたりで遊んだ温室に。
種々様々な花が咲き乱れ、芳しい香りがたちこめている。
さすがジークヴァルト。この距離を一度で移動できるのは、学生では彼とクリストハルトしかいないはず。
――ちがう、そうではなくて!
「婚約者ってどういうこと!」
「そのままだ。父とバルヒェット公爵の了解は得ている」
ジークヴァルトが険しさ増し増しの顔で答える。
「どうして!」
なんで急に私に都合のいい展開になっているの?
かにんぴょんなの?
『任せて』と言ったかにんぴょんが、なにか細工をしたの?
「ツェツィーリエを好きだから」とジークヴァルトが言った。
「……今、なんて?」
「ツェツィーリエを好きだ。――出会ったときから婚約者がいることは知っていた。だが俺は王太子だ。望めば奪えると思っていた」
ジークヴァルトが私の手に口づける。
「父に『先代バルヒェット公爵の顔は潰せない。結婚は不可能だ』と言われたとき、どれほど絶望したか。どうにか諦めようとしたが、無理だった」
それが魔法学校に入る少し前のことで(私にほかの男子を近づけないために、入学時には婚約を済ませておきたかったとか)、私を諦めるために嫌われようと距離を置いていたとか(だけど睨んでいたつもりは毛頭ないらしい)、期末パーティーで私がほかの男子と踊る姿を見ると嫉妬で狂いそうになるから欠席していたとか。
ジークヴァルトはそんなことを訥々と語った。
「婚約者は甚大な魔力持ちだというし、ツェツィーリエにふさわしい男ならば、俺の気持ちはどうあれ身を引くしかないと考えていたのだが」ジークヴァルトの表情がより凶悪になった。「入学以降のあいつの振る舞いは到底許せるものじゃなかった」
……あら?
マンガの彼がクリストハルトと良い関係ではなかったのは、私のせい?
「だから手回しは始めていたんだが――。まさかあいつ自ら婚約破棄をするだなんて。身の程知らずさに腸が煮えくり返そうではあるが、おかげで問題なくツェツィーリエを得られた」
私に向けられたジークヴァルトの目が熱を帯びているように見える。
「……私、ずっと嫌われているのだと思っていたの」
「悪かった。ほかにどうすればいいのかわからなかった。ツェツィーリエが俺のすべてなんだ」
「嬉しい」
信じられないわ。夢のよう。――ジークヴァルト、かにんぴょんにおかしな暗示魔法とか、惚れ魔法とかかけられていないわよね?
「好きだ。俺は絶対に君を大切にする。二度と傷つけないし、ユリアーネから必ず守る」
「ありがとう。私も……」
『好きよ』と言おうとして、口をつぐんだ。ユリアーネ?
「もしかして国王様から聞いたのかしら。私が彼女に殺される予定だって」
なぜだか彼は目を泳がせた。
「あー、まあ、その。――ツェツィーリエが魔法少女であることは知っている。最初から」
最初から!?
まさか!
恥ずかしいからジークヴァルトには内緒にしてほしいと頼んだはずよ!
「国王様はお約束を守ってくださらなかったの?」
「そうじゃない」とジークヴァルトは目をますますそらして、わざとらしく咳払いをする。「怒らないでくれ」
「なにを?」
「すまない。――『汚れなき高き志。魔法生物ゲッティンかにんぴょん』」
ジークヴァルトの口から出た言葉を理解する前に、目の前から彼が消え代わりにかにんぴょんが現れた。
つぶらな黒い瞳が真正面から私を見つめている。
「『ツーリュックコンメン』」
私が魔法少女からツェツィーリエに戻るときの呪文が聞こえた。
かにんぴょんが消えて、ジークヴァルトが現れる。
「――という訳だ」
「……」
どういうこと?
まさか?
でもそんなはずは……
「かにんぴょんは女神様が遣わしてくれた魔法生物のはずだわ」
「そういうことにしてもらった」と顔を真っ赤にしたジークヴァルト。「だって『獅子』と呼ばれるこの俺が、こんな愛玩動物の姿だなんて恥ずかしいだろうが! 勝手にぴょんぴょん言ってしまうし!」
「……ということは?」
「かにんぴょんは俺だ」
「まさか!」
「今、見ただろう!」
真っ赤な顔で恥ずかしそうにふるふると小刻みに震えているジークヴァルト。
「本当にあなたがかにんぴょんなの?」
「そうだ」
思わずジークヴァルトの胸を叩いた。
「王太子が毎回毎回死にかけないでよ! 私をかばいすぎだわ!」
「当たり前だ! 俺はツェツィーリエがケガするのもイヤなんだぞ!」
「私だってかにんぴょんがケガをするのは――」
はっとする。
怪物との戦いはいつだって満身創痍で、終わったあとに女神の泉でケガを直してもらう。
つまり――
「一緒に泉に入っていたのはジークヴァルトなの!?」
思わず自分で自分を抱きしめる。だって泉に入るときは完全なる裸だもの! 変身しているから私の体とは見た目はちがうけれども!
「だっ……だから毎回放り投げておけと言っているだろ!」
かにんぴょん、ではなかったジークヴァルトが真っ赤な顔で叫ぶ。
「かにんぴょんがあなただと知っていたら、一緒に入りはしなかったわ!」
叫んでから、ふと気づく。
「――ちょっと待って。あなたがかにんぴょんなら、きのう私が言ったこと――」
ジークヴァルトのどこが好きだとかの話は、すべて本人にしていたということなの!?
なにそれ、恥ずかしすぎるわ!
告白を決意して伝えるのとは、次元がちがうもの!
顔が茹だったかのように熱い。
そんな私の頬に、ジークヴァルトが手を添えた。
「黙っていたことは謝る。だが俺は、かにんぴょんで良かった。ツェツィーリエを守れる。死なれたら、きっと正気ではいられない」
「……それは私も。かにんぴょんもジークヴァルトも失うつもりはないわ」
ジークヴァルトの険しい表情が緩んだ。
彼の笑顔を向けられるのは何年ぶりかしら。