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2・3 ジークヴァルト

「クリストハルト・グヴィナー。名誉毀損という言葉を知っているか」

 ジークヴァルトが普段から険しい目をさらにきつくさせて、クリストハルトを睨んでいる。


「彼女の祖父がお前の祖父に大恩があるから、口を挟むことはならぬと父にキツく言われているのだが、さすがに看過できない」

 ジークヴァルトがそう言うと、左右の親友と教師たちがうなずいた。


「事実無根の侮言でバルヒェット公爵令嬢を(おとし)めた一部始終は、魔法記録した」

「すべて事実だ!」叫ぶクリストハルト。

「私のことは完全に勘違いです!」と子爵令嬢が引きつった表情で言う。「思い込みが激しいのか、わざとなのか」

「わかっている。君を責めるつもりはない」とジークヴァルト。「記録は父とバルヒェット公爵、それからグヴィナー男爵に見せる」

「好きにすればいい! 俺は間違っていない!」


「ならば証拠を提出しなさい」と教師のひとりが言った。「どのみちグヴィナー、君は即刻この場から退出すること」

「どうして!」

「学校行事を妨害しているからです。校則を把握していないのですか?」

「俺は妨害なんてしていません!」

「大声でわめきたて、ほかの生徒の迷惑になっています」

「それはツェツィーリエが!」


 ジークヴァルトが素早く片手を伸ばした。指先がクリストハルトの口を指している。


「先ほど婚約は破棄すると宣言したな?」

 クリストハルトが青ざめた顔で首を縦に振る。声を封じられているのか、彼のこめかみを冬だというのに汗が伝っている。

「ならば彼女の名を呼び捨てにするな。厚かましい」


 ジークヴァルトの声には沸騰寸前の怒りとただならぬ嫌悪が交じっているように聞こえる。

 どうして? 


 教師が魔法の呪文を唱えた。クリストハルトの姿が消える。

「妨害行為は一日以上の謹慎処分を受けます」と教師が言う。「すべての生徒はいま一度校則を確認し、己の行為を顧みなさい。――ではパーティーを続行するように」


 ユリアーネと仲間たちは顔を強張らせている。リーゼロッテがただひとり、教師に向かってクリストハルトの所在を尋ねているけど、教えてもらえないみたい。


「良かった、ツェツィーリエ!」

 マレーネとレオニーが私に抱きつき、子爵令嬢は『本当にすみません』と何度も謝る。

 ずいぶんマンガと違う展開になったわ。


 なによりジークヴァルトがパーティーに来るなんて――


「せっかく来たんだ、一曲踊っていったらどうだ」

「そのくらいの時間はあるだろ?」

 背中を向けたほうから、彼の親友たちの言葉が聞こえてくる。

 ということは何かの用事があって、一時的にここへ来たということ? ジークヴァルトが踊るとは思えないし、せっかく会えたのだから告白したい。けれどそんな余裕はないかしら。私のために時間を割いてくれるとも思えないし……。


 でも、万が一明日死んでしまったら?


 そうよ、なにも行動を起こさないより、当たって砕けたほうが百倍いいわ。


 よし、と決意してマレーネたちに離れてもらい、身を翻したら、目の前にジークヴァルトが立っていた。

 決闘を申し込みに来たかのような、恐ろしい表情。

 私、怒らせるようなことをしたかしら?


「ツェツィーリエ」とジークヴァルト。

 声も怒っている。でもまったく心当たりがないのだけど。 

 片手が差し出された。

「俺とダンスを」

「『だんす』……」


 だんすってなにかしら。決闘に使えるそんな魔法があったかしら。学校で習った魔法は使える使えないに関わらず、すべて覚えているはずだけど。

 ……いえ、ちょっと待って。


「『だんす』って踊るダンスのこと?」

「ほかになにかあるのか」

 苦虫を噛み潰したような顔でジークヴァルトが言う。

「顔が怖すぎるんだよっ! どう見てもケンカ腰!」と彼の親友ルーカスが言う。

 もうひとりのエステルも、

「これが通常だからっ」と私に向かって言う。「頼む、踊ってあげてくれ」


 ボンっと顔が熱くなった。

 私、ジークヴァルトにダンスを申し込まれている!

 なぜだかわからないけど、彼が公式に踊る二回目の機会に、またも私を選んでくれた。


『ええ』と答えて彼の手を取る。タイミングを見計らったように、楽団が音楽を奏で始めた。

 彼のリードで踊り始める。

 だけどジークヴァルトは顔をそらしているし、表情は険しい。

 もしかしなくても、ダンスの相手に私を選んだのは前回と同じ理由なのではないかしら。


 なんだ、ぬか喜びだったのね。

 でも!

 くじけてはダメ。告白すると決めたのだから。

 ――だけどせっかくだから、踊り終わってからにしましょう。


 楽しいひとときはあっという間に終わるもの。

 音楽が終盤に差しかかっている。

「ジークヴァルト」

「なに」

 彼は私をチラリとだけ見て、また視線を外した。

「このあと少しだけ時間をもらえるかしら。話したいことがあるの」

「終わったら城に戻る」


 にべもないわ。

 ツェツィーリエ、負けてはダメよ。


「ほんの少しでいいの」

「違う、ツェツィーリエも一緒にだ」

「私も?」


 どうして?

 ああ、ユリアーネの件かしら。きのうかにんぴょんが陛下に報告したはずだから、きっとそれについての呼び出しね。

 ジークヴァルトは私が魔法少女ホッフンだとは知らないけれど、陛下はこの機会に伝えることにしたのかもしれない。学校内に敵が潜んでいるなんて、大問題だもの。


「口頭とはいえ」とジークヴァルト。「クリストハルト・グヴィナーからの婚約破棄は成立した」

「そうね。嬉しいわ。私のほうからはできなかったもの」


 ジークヴァルトがまたちらりと見た。


「父が『グヴィナー家との婚約にどのような問題があろうと、先代バルヒェット公爵の名誉を傷つけてはならない』と頑固に言い張っていた」

「わかっているわ。お祖父様も、大恩ある方の孫が私を蔑ろにするとは考えもしなかったのでしょうし」

「だがさすがに父も最近は、クリストハルトの言動は許せぬと腹に据えかねていた」

「陛下がご存知だったの?」


 私の婚約状況を?

 国王様と繋がりは色々とある。両親は親しくしているし、兄は側近として仕えている。そして私は魔法少女。でも学内の個人的なことは伝えていないはずなのだけど。


「もう許可は得ている」とジークヴァルト。

「なんのこと?」


 曲が終わった。とりあえず彼から離れて、膝を軽く曲げて挨拶をする。

 周りに遠慮がちながらも、女子生徒が集まってくる。

 そんな中でジークヴァルトは私の手を取ると、辺りを睥睨した。


「彼女は今このときから、私の婚約者だ」

「え……? ジークヴァルト?」

「フリーになったと誤解しないように。父が待っているので、我々は失礼する」


 ジークヴァルトが移動魔法の呪文を唱える。

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