2・2 婚約破棄!
クリストハルトにはたくさんの友人がいる。
そして彼らは私を敬遠している。以前はその理由をぼんやりとしか想像できなかったけど、今でははっきりわかるわ。私のことを、ユリアーネに嫌がらせをするたちの悪い令嬢だと思っているからなのよ。
実際に悪いのは――というより危険なのはユリアーネなのに。
もっとも彼らと仲良くしたいとは思っていないの。マンガの内容を思い出した今は、なおさらのこと。
クリストハルトに多少の同情はするわ。初めて怪物が出現したときに、彼の母親と大好きだった兄がクリストハルトをかばって惨殺されたのだもの。父親も重傷を負い、今でも寝たきりの生活みたい。だから彼は怪物と魔王を激しく憎んでいるし、マンガのタイトルはこの件から来ているとファンは考察している。
気の毒だとは思う。けれどクリストハルトは怪物を憎むあまり、ロートトルペ隊は戦い方が生ぬるいと友人たちにグチをこぼしているし、ジークヴァルトのことを、人並み以上の力があるのに怪物との戦いに出ないと非難して、『腰抜け』と蔑んでいる。
マンガでのジークヴァルトはモブで、出番はほんの少しだった。あまり良い感じには描かれていなかったけど、クリストハルトの偏見なのだと思う。
前世の私はジークヴァルトに一目惚れだった。いくら強くても言動が幼い主役よりもずっとかっこよくて、いつか彼が主要なキャラになると期待していたの。
『ジークヴァルトが好き』という共通点があったから、前世の私は今の私に転生したのじゃないかしら。
とにかくも、いつも国民や臣下のことを考えている(実際に彼らからの人気は高い!)ジークヴァルトを嫌うクリストハルトたちなんて、好きになれないわ。
だけれど今日はクリストハルトが私に婚約破棄を宣言する大切な日。彼を避けている場合ではないのよ。
マレーネとレオニーの気遣いはとても嬉しいけれど、さり気なく彼のほうへ向かわないといけないわ。でも、どうやって?
「待って、マレーネ、レオニー」
足を止め、先に行く彼女たちに声をかける。
その直後、ドスンと左肩に誰かがぶつかってきてよろめいた。相手が派手に転ぶのが目の端に入る。
「ごめんなさい、急に止まったせいで」
私は相手に手を差し伸べた。一年生の子爵令嬢だった。
「こちらこそ、ご無礼を!」彼女は飛び上がるように立ち上がると、深々と頭を下げる。「お許しくださいっ!」
「やめろ」
クリストハルトの強めの声がした。ユリアーネと仲間を引き連れ、大股でこちらにやってくる。
「身分が下の女子をいじめてるなんて、恥ずかしくないのか」
はい?
確かに私の不注意ではあるけれど、いじめてなんていないわ。このとおり、手も差し出しているし。
「違います、私がぶつかったのです!」と子爵令嬢も目を真ん丸にして驚いている。
でもクリストハルトは、
「ムリしなくていい。公爵令嬢だろうと、悪いものは悪いと言っていいんだ!」
と訳のわからないことを言い出した。
もしかして、ヒーローな自分に酔っているのかしら。
クリストハルトは悦に入った表情で己の主張と、ユリアーネに私がしたという悪行をまくし立てている。マレーネとレオニーが憤慨して抗議してくれようとしたけれど、やめてもらった。大事な婚約破棄への前段階だもの。
一方で、ぶつかった子爵令嬢は真っ青な顔でオロオロしていて気の毒だったから、こっそりと『去って言いわよ』と伝えたのだけど、そうしたら『私のせいでこんなことに』と泣き出してしまった。
するとクリストハルトは私を指差し、鬼の首を取ったかのように、
「なんて酷い女なのだ!」
と、叫んだ。私を完全に悪だと思いこんでいるにしても、状況把握ができていなさすぎるのではないかしら。これで主人公だなんて、不安になってくるわ。でも今は、黙って罵られる時間よ。
「もう我慢の限界だ!」とクリストハルト。「ツェツィーリエ、君との婚約は破棄する!」
ああ、やったわ!
これで私は晴れて自由の身。
だめ、顔がにやけてしまいそう。
「威勢のいいことだ」
この声……!
どこからか聞こえてきた声に首を巡らすと、私たちを遠巻きに囲んでいた生徒たちの一部が左右に割れて、その間をジークヴァルトがやってきた。
どうしてここに?
二年半もパーティーに参加してこなかった彼が?
右手には彼の親友ふたりが、左手には教師ふたりがいる。
ジークヴァルトは私を一瞥すると、クリストハルトを睨みつけた。