2・1 期末パーティー
魔法学校は前世の日本の高校と同じで、通うのは十六歳から十八歳の三年間。四月に入学式があって三学期制。だけど王侯貴族の子女が通う学校らしく、期末ごとにパーティーがあるの。プレ社交界といったところで、着飾り、交流し、ダンスする。
「ツェツィーリエ、気分が悪いのかしら。顔色が冴えないわ」
友人のひとり、レオニーが心配そうに私を見ている。
「そうね。部屋に戻る?」
こちらはマレーネ。
「大丈夫。少し寝不足なだけよ」
ふたりに笑顔を向けて、パーティーの会場である講堂に入る。
きのう、ジークヴァルトに会うことができなかった。王宮へ行ってしまったらしい。すっかり忘れていたけれどマンガによると彼は、怪物が出たあとは被害状況を父王に確認しに行っているのよね。そのあとはロートトルペをねぎらうみたい。
そういうところはマジメなのよ。
でも、こうなってしまうと私が惨殺される前に会うことはできないかもしれない。今朝も留守だったし、ジークヴァルトは期末パーティーに参加しない。必ず王宮に帰ってしまう。唯一の例外は初回のパーティーだった。
理由はあれこれ推測されているけれど、宮廷に勤めているお兄さまが本人から聞いたことによると、自分とのダンスを巡って女子生徒が争うことと、踊った相手との噂が立つことがイヤみたい。
我が国では魔法学校を卒業するまでは、一般的な社交界パーティーには出席できない。それまでは学校の期末パーティーで疑似体験をして経験を積む。
だから一年生の一学期末パーティーは、私たちにとってプレ社交界デビューにあたる大切なものなの。それは王太子でも同じ。
だからそのパーティーで彼が最初に誰と踊るのかが注目されていたし、女子生徒たちはこぞって彼と踊りたがっていた。
――もちろん私も。
でも嫌われているのだから叶わないことと諦めていた。最初のダンスは婚約者がいる場合はそのひとと踊るのが習わしだけれど、クリストハルトは年下で未入学。だから私は、二歳年上の従兄に相手を頼んでいた。
パーティーでのジークヴァルトは学校中の女子に囲まれて、教師たちが群衆整理と警備に出てくるほどだった。王太子だし、強面ではあるけれど美男だしで人気があるのだから当然とはいえるわ。それでも女子たちの過熱ぶりは予想以上だった。
彼がファーストダンスの相手を決めるまでは、演奏も始まらない。
傍観者たちが固唾をのんで成り行きを見守る中、ジークヴァルトが選んだのは、離れた場所で従兄と共に音楽が始まるのを待っていた私だった。
『この場にいる女性の中で、一番家格が高い』が理由だったわ。
そしてジークヴァルトは、目も合わず言葉も交わさないダンスを踊り終えるとフロアの中心で、
『私がこの場にいると進行に差し障りがでるようだから、これで失礼をする』
と朗々とした声で告げ、帰ってしまった。
以来、一度も期末パーティーに出席していない。私はしばらくの間、婚約者も恋人もいない王太子の意中の相手ではないかと噂された。けれど彼の親友たちが、『入学前から仲が悪い』と根気強く主張してくれたおかげで、くだらない与太話は下火になったのだった。
「期末パーティーもあと二回ね」
とレオニーが言えば、マレーネが、
「今回と来学期でおしまい。早いものね」
と吐息する。
卒業したらふたりは花嫁修業の期間を経たのち、それぞれの婚約者と結婚をする。一般的な令嬢の定番コースだわ。
「独り身のうちに楽しんでおかなくてはね」とふたりは笑っている。
「一度でいいから、ジークヴァルト殿下と踊ってみたかったわ」とマレーネ。
レオニーも、本当ねとうなずく。
「殿下、異性に関しては真面目よね。浮いた噂のひとつもないのだもの」
「異国の姫君との縁談が内密で進んでいるのではないかしら? でなければ成人したのに婚約をしないなんておかしいと、父が話していたわ」
「確かにそうね」
……なるほど。それが正解かもしれないわ。
だとしても今なら告白くらいしても、問題はないわよね。
たぶん。
そうであってほしいわ。
『あ』とマレーネが小さく声をあげた。
「窓際に行きましょう。あちらのほうが日の光が入ってドレスの色が引き立つわ」
そうねとうなずくレオニー。
急にどうしたのかしらと思ったら、私たちの進行方向にクリストハルトとユリアーネ、彼らの仲間たちの一団がいた。ふたりは私を気遣ってくれたみたい。