1・5 女神の泉(3)
「それでね」とかにんぴょんの可愛らしい背中に話しかける。「明後日、終業式のあとにクリストハルトは学園の敷地内で私の惨殺死体をみつけるの」
「ざっ……!!」
かにんぴょんが振り向き、段を蹴って私の胸に飛び込んできた。溺れないようにしっかりと抱きとめる。
「どういうことだぴょん!!」
「私が知っているのは、それだけなの。だけど学内に私を殺したいほど憎んでいるひとなんていないと思うから――」
「そんなものいないぴょん!!」
かにんぴょんの小さな頭をなでなでする。
「ありがとう。だから犯人はユリアーネしか考えられないの」
「……そうぴょんね」
「私が学生証のことを問い詰めるか、ホッフンだと知られて殺されるかのどちらかだと思うわ」
「そんなことは絶対にさせないぴょん! ツェ――ホッフンはこの命にかえてでも守るぴよん!」
「それはダメ。私の命もかにんぴょんの命も、どちらも大切よ」
「……」
かにんぴょんがうつむく。
と、私の胸に掛けていた両手をバンザイした。
「す、すまないぴょん! つい、うっかりぴょん!」
「わかっているわ。それにかにんぴょんなら大丈夫よ」
「全然大丈夫じゃないぴょん……」
しおしおしてしまったかにんぴょんを、元の段にすわらせる。
それから対ユリアーネについて話しあい、気づけば怪物との戦いで負った怪我はきれいに治っていた。
「そろそろ帰りましょう」
誰かにツェツィーリエの不在を気づかれる前に。
かにんぴょんを泉から出して、タオルで全身を優しく拭う。最初のころは自分でできると毎回主張していたけれど、手が短くて頭や背中が届かないのよね。工夫してがんばる姿は可愛いけれど、私がやったほうがきちんと拭ける。それにかにんぴょんも満更ではないと思うの。目を閉じて気持ちよさそうにしているから。
それが終わると私は一度ツェツィーリエに戻り、またホッフンになった。泉の傍に畳んでおいた服は消え、私は真新しいコスチュームに包まれている。ツェツィーリエの姿だと魔力が足りなくて女子寮まで帰れないし、破れて血まみれの服を着るのはイヤなので、この方法をとっている。
「ホッフン」と、かにんぴょんが向こうを向いたまま私を呼んだ。
「なにかしら」
「……クリストハルトとの婚約が解消されたら、どうするぴょん」
「実はね、好きな人がいるの」
勢いよくかにんぴょんが振り向いた。
「驚いた? 話していなかったものね。かにんぴょんだけではないわ。誰にもよ」
どのような理由であれ、私は婚約していたのだもの。思いを寄せる相手が別にいるなんて、おくびにも出さなかったわ。
「こんなにがんばってきたのに殉職するなら、彼に告白しようと思うの」
「死なせはしないぴょん!」
かにんぴょんが私の目線まで浮かび上がった。
「ええ、死ぬつもりはないわ。でも万が一ということがあるから、後悔しないようにしたいの。でも迷惑になるかしら」
「メイワク?」かにんぴょんが不思議そうに首を横にかたむけた。「ホッフンに告白されて迷惑がる男なんていないぴょん!」
「そんなことはないわ。王太子のジークヴァルトは私を大嫌いよ」
このことは、かにんぴょんにも話してある。幼馴染であることも、嫌われた理由がわからないことも。
「それは……」
「昔は仲が良かったの。ジークヴァルトは王子とは思えないほどやんちゃで意地悪もされたけど、根はいい人なのよ。相手が誰であっても態度は変えないし、一見放埒なようでいて発言も行動もよく考えているの。いつだって国民の幸せを考えているし、きっと素晴らしい王になるわ。でも、私のことだけはあからさまに嫌うの。きっとよほど我慢ならないのでしょうね」
「……」
「どう思う?かにんぴょん。好きと伝えたら、嫌がられてしまうかしら」
「……っぴょん!?」
かにんぴょんが文字通り飛び上がり、かと思ったら戻ってきて私の鼻先で止まった。
「まさか好きなのはおっおっ……」
「ええ、王太子のジークヴァルト」
「っ……」
またしてもかにんぴょんは飛び上がり、くるりとターンしてから戻ってきた。
「やっぱりおかしいわよね。あんなに嫌われているのに」
「おかしくないぴょんっ!!」
「そう?」
「そうぴょん!」
「告白してもいいと思う?」
「いいぴょん!!」
「かにんぴょんに賛同してもらえると、心強いわ」
問題はいつするかだわ。明日彼はきっと王宮に行ってしまうし、明後日は私が殺される日。
「決行は今日しかないわね。がんばってくるわ!」
かにんぴょんの体に手を添えて、鼻先にキスをする。
「悪態をつかれないよう、祈っていてね」
「かにんぴょんはいつでもホッフンの幸せを願っているぴょん」
「まあ。さすが相棒だわ」
フラれたら、きっとかにんぴょんが励ましてくれる。
「では、また明日ね」
私はここで帰宅。かにんぴょんは国王様に報告に行く。私も魔法少女になりたてのころに、一緒にすると何度か言ったけれど、陛下から『未成年の女子にこれ以上の負担はかけたくない』と、断られてしまった。
だからかにんぴょんがひとりで行き、翌日に国王様からの伝言を私に伝えに来てくれる。私は少し前に十八になったからもう未成年ではないのだけど、陛下には慣習を変える気がはないみたい。
「期末パーティーのあとに行くぴょん」
「わかったわ。明日の私は泣いてしまうかもしれないわ。そうしたら、ごめんなさいね」
かにんぴょんは、かわいらしい鼻先を私の頬に押し当てた。初めての行動だわ。優しいかにんぴょん。励ましてくれているのね。