エピローグ
夕日に染まる、女子寮前。
「まさか『猛火の獅子』と呼ばれるお前が、かにんぴょんだったなんて。なぁ?」
ジークヴァルトが親友のルーカスとエステルに背中をバンバンと叩かれている。口調は軽いけど、目には涙が溜まっている。彼が死にかけていたことを聞いて、ひどく心配していたみたい。
レオニーとマレーネも私に抱きついて、声をあげて泣いた。私が無事だった安心感や、戦わなければならない責務の重さへの同情、怪我への痛々しさなんかの様々な感情が入り乱れているみたい。
ふたりとも優しく素敵な友達だわ。
生徒たちは全員自邸に帰されている。無理だった者は付近の宿に避難させられたとか。まだ危険があるかもしれないものね。それに講堂裏には珍しいことに怪物の亡骸が残っていて研究班が現場検証をしているし、教師たちも後処理で忙しいみたい。
だけど事件に居合わせたマレーネたち四人とクリストハルトとリーゼロッテ、彼らの仲間は特別な許可がおりて、私たちが戻るのを待っていたらしい。
ジークヴァルトと私、それぞれの話が一段落つくと、黙って控えていたクリストハルトがおずおずと近づいてきた。表情は固く、気まずそう。それをジークヴァルトが最高に不機嫌そうな顔で迎え撃つ。
「色々すみませんでしたっ」
クリストハルトは潔く頭を下げた。
「『色々』だなんて言葉でごまかすな」と声も不機嫌極まりないジークヴァルト。「どれほどお前が愚かで、ツェツィーリエに辛い仕打ちをしていたか分かったのだろう? 彼女に心の底から謝罪しろ」
「はいっ」
青ざめたクリストハルトが私を見る。
「必要ないわ。先ほどので十分」
今更丁寧に謝罪されたからといって、なにかが変わるわけではないもの。それより――
「その代わりにあなたにはしてもらいたいことがあるわ」
「わかった。――いや、わかりました」と直立不動で答えるクリストハルト。
ジークヴァルトがうなずいたのを見て、
「力を安全に覚醒させて。女神様からのお言葉よ」
「……って、それはどうすれば?」クリストハルトは戸惑った表情で、私とジークヴァルトを見比べる。
「知らん」とにべもないジークヴァルト。
「自分で努力しなさいよ!」
そう言ったのはリーゼロッテだった。
「散々事実無根の悪評を流したのよ。本来ならば退学と先生に言われたでしょう。お二方の寛大さに感謝して、全力を尽くすべきだわ」
「あ、ああ」とクリストハルトがうなずく。
「悪評といっても、信じている生徒はほとんどいなかったけれどね」とレオニーが言う。
「ええ。ツェツィーリエが優しく尊敬できる令嬢であることは、みんな知っているもの」マレーネが言えば、
「そのとおり。男子だって憧れている」とはルーカス。「それに比べてクリストハルトは態度は不遜だし」
「学業に生徒会活動、王太子としての公務をこなして強面のわりに人徳のあるジークヴァルトの悪口三昧」と後を引き継いだのはエステル。「仲間内では人気があったんだろうがな」
クリストハルトと友人たちが身を縮める。
「……すみませんでした」
「強面は余計だ」とジークヴァルトが険しい目を親友たちに向ける。
「だけど結果的に良かったからな」とエステル。「ツェツィーリエとの挙式も決まっているんだろう?」
「おめでとう!」
みんなが口々に祝ってくれる。クリストハルトも彼の仲間たちも。彼らの辺りから、『お前、よく殿下に暗殺されずに済んだなぁ』という小声がしたけど、聞かなかったことにしておくわ。
「それじゃ、エステルたちはもう帰れ。フェアラートが死んだのか逃げたのかはっきりしない以上、学内に留まるのは危険だ」
「ああ。――冬休みの間に、お前たちの役に立てる魔法を身につけておくよ」
エステルの言葉にルーカス、レオニー、マレーネがうなずく。
『無理をしないで』とか『危険よ』とかの言葉が浮かんだけれど、私は笑顔で
「ありがとう」と伝えた。
ジークヴァルトも。
「お前は」と強面ロートトルペ最高指揮官はクリストハルトを見た。「魔法強化と覚醒だぞ」
「はいっ!」
クリストハルトがビシリ背筋を伸ばして敬礼をする。
『リーゼロッテにそばにいてもらいなさい。幼馴染を殺したくない気持ちが、暴力的な覚醒のストッパーになるはず』
頭の中に女神様の声が響いた。ほかのみんなにも聞こえたようで、一様にキョロキョロとして声の主を探している。
「女神様の御神託よ」
クリストハルトは驚いたように声をあげ、それから
「承知つかまりました」
と微妙に間違った言い回しで答えた。
『私は闇魔法の使い手には関与できない。がんばりなさい』
「御意っ!」と堅苦しいクリストハルト。
『勇者の卵よ。一刻も早く覚醒をして、魔王を倒すのよ』
「かしこまつりましたっ!」
……アホだわ。『絶望のクリストハルト』はギャグマンガだったかしら。それとも異なる展開になったから、彼の性格も変わったとか? 以前よりは好感が持てるような、持てないような。
『彼らがかにんぴょんとホッフンでいるためには純潔が必要なの。ジークヴァルトは相当に苛ついているようだから、迅速に頼むわね』
そこで女神の声は途切れた。
「ということは、意外にも殿下は安全ということ?」
「安心してツェツィーリエを託せるのかしら?」
マレーネとレオニーが顔を見合わせている。
「お前、てっきりもう……」とルーカスとエステルがそれぞれ親友の肩を叩く。「ツラいな」
「あんた、そのナリで……」と呆けた顔で呟いたクリストハルトが、慌てて手で口を覆う。「えと、なる早でガンバリマス」
私は大切な相棒かつ伴侶予定であるジークヴァルトの手を取った。視線が重なり、微笑みあう。
ぐるりとみんなを見渡した。
「大切なひとたちを守りたいから、私たちはそれでいいのよ」
「だが」ジークヴァルトが凶悪な顔でクリストハルトを睨む。「お前は死物狂いで努力しろ!」
温かな笑い声が上がる。
私たちはこれから現場検証に合流する。友人たちに別れを告げ、ジークヴァルトが移動魔法の呪文を唱えた。
講堂裏に出るはず――が目の前に広がるのは茜色の空だった。
校舎の屋上みたい。
「仕事の前に」
そう言ってジークヴァルトがキスをする。
「ツェツィーリエの補給をしないと頑張れないからな」
「まあ。甘えん坊さんね」
ジークヴァルトの強面が緩む。
いつか、かにんぴょんとホッフンでいる必要がなくなる日を願って。
もう一度キスをし、ふたりで講堂裏に跳んだ。
《おしまい》
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