表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/16

3・5 祝福

 いつもなら神殿前に出て神官たちに挨拶をするけれど、そんな余裕はない。

 直接泉の傍に出ると、着衣のまま中に入った。魔法少女でいる間には力もあるから、平均的な貴族青年よりもずっと逞しいジークヴァルトを抱えていても大丈夫。だけど――


 いつもの段に腰掛けて、火傷で水ぶくれがひどい彼の顔に水をかけても反応がない。


「女神様! ジークヴァルトが! お願いします、助けて!」


 ぽわりと水面が輝き、女神様が降臨した。古代ギリシア人が着ていたような服をまとい、手には長い錫杖を持っている。


「女神様! 助けてください!」

「人間の生死に関与してはならない決まりなの」女神様が錫杖の先で水面を叩く。「これの効果があるのは、私が与えた光魔法を持つ者だけ。姿を保てないということは、力がもうないということだから――」

「そんな! あんまりだわ!」

「……私もそう思う」と女神様。「せっかく昨晩、すんでのところで思いとどまってくれたのに、さすがに可哀想」

「それなら」

 女神様はうなずいた。「生死に関われない以上、私が彼にできることはない。代わりにあなたに祝福を授けるわ。これ一回きりよ」

 彼女が錫杖を高く掲げた。天から花々が降ってくる。 

「あとは自分で考えて」


 ジークヴァルトの顔を見る。黒く焼けただれている。面影はほとんどない。

 こういうとき、前世ならキスで目覚めるものよね?

 静かに唇を重ねる。

 ジークヴァルトに私の力を半分譲るわ。だからお願い、回復して――。


 ピクリと彼の体が動いた。

 離れて様子を見る。

 瞼がゆっくりと開く。


「ホッフン……」

「ジークヴァルト!」

「……ホッフ……」


 ジークヴァルトはまた目を閉じてしまった。

「もう心配はないわ。回復には時間がかかる。いつもと同じよ」

 女神様はそう告げて姿を消した。



 ◇◇



 どれほど経ったのか、元の顔に戻ったジークヴァルトがしっかり目を開いて私を見た。


「――うわっ!」


 叫ぶと同時に暴れ、泉の中に頭が落ちる。

 慌てて引き上げるとジークヴァルトは咳き込みながら、

「だから放り投げておけと……!」

 と真っ赤な顔で文句をつけてきた。


「死にかけていたのよ」

「あ……? かにんぴょんじゃない? 服を着ている?」

 うなずく。

「かばってくれて、ありがとう。だけどあなた、かにんぴょんの姿を保てないほどダメージを受けて……。今回助かったのは特別なのよ……」


 涙がこぼれ落ちた。

 ジークヴァルトがとなりに座り直して、手で涙を拭ってくれる。


「心配させたのは、悪かった」

 ジークヴァルトが優しい顔で私を見ている。私がどんなに頼んでも泣いても、きっとまたかばってくれるのだわ。私たちが魔法少女と魔法生物でいるかぎり。


 だけどそれを昨晩選んだのは、私たち自身なのよ。


「死にかけたのも悪いわよ」

 そう告げたのは女神様だった。いつの間にか泉の中央に立って私たちを見下ろしている。

「死んだならば私は新しい戦士を選ぶ。だけどあなたたちが一番の適任者なの。最後まで務めてほしい」


「敵が強すぎる」

 ジークヴァルトの言葉に私も賛同する。

「クリストハルトを覚醒させなさい。安全に。反省をしているから、あなたたちに従うはずよ」と女神様。

 確かに彼は途中から私たちのサポートをし、フェアラートとも戦っていた。怪物(ウンゲテューム)を憎んでいるのは確かなのだから、適切な覚醒をすれば勇者になってくれるかもしれない。


「それと、リーゼロッテに聖女の力を授けたわ。治癒治療専門ね」

 彼女も戦闘中であることをどこで知ったのか駆けつけてきて、唯一の得意技である治癒で怪我人を治していた。


「今回の負傷者は彼女がおおかた治したから。死者は出ていないわよ」

「良かった!」

「あなたたちへの褒美よ。あの状況で諦めてくれるとは思わなかったわ。邪魔をしておいて言うことではないけど、驚いたもの」

 女神様は無垢な笑顔を浮かべる。


「魔王を倒し終えるまで、純潔を貫いてね」


 ジークヴァルトが魂が抜けそうなほどに深い嘆息をして、私の頭に額をつけた。

「……あんまりだ。ようやくツェツィーリエが俺の元に帰ってきたのに」


 そうなのよね。どうやら魔法少女と生物になれる条件のひとつが純潔らしいの。

 昨晩ジークヴァルトと、その――よい感じに進んでいたところに突然、

「それ以上はダメーーー!!」

 という制止の声と共に女神様が現れて、説明された。女神様は『光の力を授けたときに話さなかったかしら』ととぼけていたけれど、ジークヴァルトも私も聞いていない。許されるのはキスまでなんですって。


 それを知らされたジークヴァルトは石像にでもなったかのように硬直して、かなり長い間、葛藤していたわ。だけれど最終的に、『ロートトルペ隊と市民を守らなければな』と言って、かにんぴょんを続ける選択をしたの。もちろん私も同じ考えだわ。


「『帰ってきた』もなにも、遠ざけていたのはあなたでしょう」

 と女神様がズバリと切り込み、ジークヴァルトは気まずそうなうめき声をあげた。

 女神様が笑顔を私に向ける。

「三年近くもツェツィーリエを悲しませていたのだから、ちょうどいい罰じゃないかしら」

「私は別に。罰なんて望んでいませんわ」


 女神様が肩をすくめる。

「こんな自分勝手で幼稚な男のどこがいいのかしら」

「我欲より国民の平和を優先するところです」

「――そうね」

 女神様はにっこり微笑み、ジークヴァルトは額にキスをしてくれた。


「ちょっと待て」とジークヴァルト。「ツェツィーリエの服が違う」

「レベルアップしたの」

「それは凄い。――だが、なんだこれは。露出が多すぎるぞ!」

 それは私も気になっていたわ。胸元の開きが大きすぎるもの。


「足も! なにもはいていないのか!」

 ワナワナと震えているジークヴァルトは真っ赤な顔になっている。

「あら、本当ね」

 そこは気づかなかったわ。戦っているときに足なんて見ないもの。私のボトムスはおしりを隠す程度のミニ丈スカートに編み上げ厚底サンダルだけ。


「破廉恥すぎる! 変えてくれ!」

「無理よ。コスチュームはこれと決まっているの」と女神様。

「ツェツィーリエの肌を見ていいのは俺だけだ!」

「変態くさい発言はやめてくれるかしら」女神様が若干身を引き目をすがめている。


「女神様。私もこれはかなり恥ずかしいですわ」

「心配しないで。下はちゃんと見せパンよ」

「そういう問題ではありません!」

「まあ、いいわ。私もちょっとひどいとは思っていたの」

 良かった、と安堵する。

「次回からは編み上げブーツにしてあげる。そのほうが可愛いもの。楽しみにしていて」


 女神様はウインクをして、消えた。


 なんの解決にもなっていないわ……。

 でもそれは後回し。大切なことをしっかり伝えないとね。


 愛するひとの膝の上に移動して、抱きしめる。

「大好きよ、ジークヴァルト。魔王を倒すまでお互いに死んではダメよ」

 返ってきたのは短い抱擁だけだった。

 約束をしてくれる気はないのね。それが彼の覚悟なのだろうけれど――。


「ツェツィーリエ」


 返事だわ!

 嬉しくなって彼の顔を見上げると、恐ろしく凶悪な表情であらぬ方を向いていた。


「悪いがのいてくれ。その格好では俺の理性がもたない」

「まあ」

 渾身のお願いをしたつもりだったのに、ジークヴァルトには別の効果があったのね。

「約束してくれたなら、どくわ」

「それはずるい」


 苦しそうにギュッと目をつむるジークヴァルト。


「『お互いに』よ」


 彼は目を開き、ゆっくりと私を見た。

「そうだな、『お互いに』だ。努力すると約束しよう」

「もう! 頑固なのだから。それなら知らないわ」

 ジークヴァルトを抱きしめなおして、肩にもたれる。

「ツェツィーリエ!」


 ジークヴァルトの小さな悲鳴と同時に、『言い忘れたわ』と女神様の声がした。『泉に入ることは(みそぎ)でもあるの。今回は特別に許すけど、次回からはちゃんと汚れた衣服を脱ぎなさい』


 ジークヴァルトの絶望的なうめき声が聞こえた。

 とりあえず、頭をよしよししてあげればいいかしら。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ