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3・3 ヒロインの正体

「喜ぶといい」ユリアーネがおぞましい顔で微笑む。「お前の死は意味のあるものだ」


 攻撃が来る!

 本能的に察知して、無詠唱の移動魔法を発動する。詠唱がないぶん、目と鼻の先ほどにしか移動できないけれど。


 ユリアーネが振り向く。顔が変わっている。すべてのパーツが釣り上がり、口の端からは二本の鋭い牙が見え隠れし、頭には一対の角。これが実体なの?

「小賢しい。手間をかけさせるな。おとなしく死ね!」

 彼女が叫んだ瞬間、目前にジークヴァルトが現れた。一テンポ遅れてロートトルペの面々が私たちを守るかのように半円形に出現する。


「なっ!」叫ぶユリアーネ。「いつからいた! 存在は感じられなかったのに!」

 当然だわ。彼女の能力が未知数だから、かなり念入りにステルス魔法をかけていたのだもの。私たちだけじゃない。全教師の半数が、安全な距離を保ちつつ協力をしてくれている。残りの半数は非常時に備えて持ち場で待機中よ。


 ロートトルペ隊が呪文を唱える。ユリアーネが恐らく逃げようと、かすかに身じろぎをしたところにすかさずジークヴァルトが攻撃を当てる。

 弾き飛ばされたユリアーネが講堂の壁に当たり、ずるずると落ちる。そこにロートトルペ隊が出した魔法の鎖が何本も伸びてきて彼女に巻き付き、端は地面に潜り込んだ。


「くっ!」

 ユリアーネは激しく身をよじるけれど、拘束は外れない。魔王の腹心とのことだけど、怪物(ウンゲテューム)より力は弱いのかもしれない。


「クリストハルトを覚醒してどうする」

 尋ねるジークヴァルトに並ぶ。

「あいつは勇者ではないのか。魔王には脅威の存在だろう」

「なんだ、知っておったか!」ユリアーネが叫ぶ。「魔王を倒せるのは同じ闇の魔力を持つものだけ!」


 そうなの!?

 初めて聞いたわ!


「負の感情が力の源。(ねた)(そね)み、尽きせぬ怒りに破壊衝動! あの男にはたっぷりとあるのさ!」

 ――ということはマンガのクリストハルトの覚醒は愛の力ではなくて怒りなの?


 ユリアーネだったモノはまるで快楽でも感じているかのような顔をしている。

「闇魔法の使い手は魔王を殺す者にも、魔王自身になることも、はたまた魔王の器になることもできる! 素晴らしきことよ!」

 となると彼女の目的は三番目かしら。腹心と言っていたし。


「――シナリオは多少変わったが、まあ良いか」

 彼女は急に落ち着いた声を出した。悪鬼の形相が急速に消えて、可愛らしい容姿に戻る。そして――


「いやぁ!! 助けて! 助けて、クリストハルトーー!!」

 ユリアーネが声の限りに叫んだ。


 クリストハルトの姿が現れる。私たちとロートトルペ隊の間に。


「助けて、クリストハルト! このひとたちが急に……!」

「全部聞いた」とクリストハルトが固い声で答えた。

「……え?」

「最初から全部」とクリストハルトが言葉を重ねる。「ツェ……バルヒェット公爵令嬢を殺そうとしたことも、魔王の腹心を名乗ったことも」

「どうして! あなたは自室にいたはずよ」

「いたさ。そこから殿下の中継魔法でユリアーネを見ていた」

「なっ!」

「それに怪物(ウンゲテューム)の強化種が出現した現場にユリアーネが度々いたっていうじゃないか」


 ユリアーネがキッとジークヴァルトを睨む。

 彼女はステルス魔法を使っていたから、気が付かれていないと思っていたのだと思う。


「……信じたくない」クリストハルトの声が震えている。

 ジークヴァルトが近づき、彼の肩を掴んだ。

「抑えろ! 覚醒したら皆死ぬ!」

 クリストハルトが弱々しくうなずいた。


 前世の夢を見たあと、ジークヴァルトと私はすぐに動いた。陛下、ロートトルペ隊、教師陣、そしてクリストハルトにこの場所で起こりうる最悪の事態を女神からの御神託として伝え、準備を整えた。


 ユリアーネを愛するクリストハルトだけは信じてくれなかったけれど、中継を見ることへの協力は約束してくれたのだった。

 そして一部始終を見た結果、彼女が魔王側の存在であることを信じてくれたらしい。


「くっ、使えないヤツめ!」ユリアーネが唾棄するように言葉を吐く。「さんざんひとの乳を揉んでおきながら、寝返るのか。腰抜け!」


 ん?

 なんだか今、不埒な言葉が混じっていたような。


「まあ、よい。覚醒は別の手を考える」 

 ユリアーネの顔が変化し始めた。


「注意しろ!!」とジークヴァルトがロートトルペ隊に向かって叫ぶ。


「クリストハルト、貴様は連れていくぞ。楽しい楽しい地獄を見せてやるわ」

 ユリアーネがそう言った途端、彼女を拘束していた魔法の鎖が弾け飛んだ。

 ユリアーネの体がひとまわり大きくなり、肌は青ざめ背中には蛾のような羽根が生える。そしてふわりと宙に浮いた。


「あれが実体なのね」

ツェツィーリエ(・・・・・・・)、君は下がっていろ」とジークヴァルト。

 私がホッフンであることはまだ機密事項だから。だけどこれ、私も――


 ユリアーネ、いえフェアラートの甲高い哄笑が響き渡る。


「クリストハルト、お前も下がれ。彼女とは戦えないだろう」とジークヴァルトが彼を押しやる。

 そのとき、

「急げっ」という小さな声が耳に入った。

 ジークヴァルトも聞こえたようで、ペンダントを握りしめたまま動きを止めている。


「行け、我が子たちよ!」

 フェアラートが叫びと共に羽ばたいた。羽根の陰からおびただしい数の巨大な蛾が舞い上がる。


「イヤッ」

 女子の声がしたと思ったら、フェアラート近くにレオニーが突如まろび出た。



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