3・2 対峙!
学園の敷地内には様々な建物があって、その中でひときわ異質なのが講堂だった。他では見たことのない造形で、全校集会と期末パーティーにしか使わない。
でも前世の記憶がある今ならわかる。これはシドニーのオペラハウスを模していて、存在理由は体育館の代替品なのだわ。
だって私が呼び出されたのは、この裏だもの。マンガでは私とユリアーネ、どちらがここを指定したのかはわからないけれど、悪役にふさわしい場所よね。
周りにはおあつらえむきな木々や低木があって見通しが悪い。秘密裏に会うのにぴったりだわ。
私は到着すると、ぐるりと見回した。
「ツェツィーリエですわ。呼び出したのはどなたかしら」
返答の代わりに、ざわりと枝が揺れる音がしてユリアーネが現れた。見たことがないような無表情で、薄気味が悪い。
「いったい何のご用かしら」
「ジークヴァルト殿下のことと書いてありましたよね?」フッとユリアーネが笑う。「あのひとはやめたほうがいいですよ。私にも手を出していますから」
まあ。予想していない展開だわ。どう反応するのが正解なのかしら。とりあえず、
「まさか」
と弱々しく答えて、目を伏せてみる。
彼女の意図がわからない。私の関係者を奪うのが目的とか? そんなバカな。
「……ふうん」ユリアーネがつまらなさそうな声を出す。「そんな反応なんですか」
どんな反応を予想していたのかしら。
「ツェツィーリエさんが私の周りをうろちょろしているのは、クリストハルトの牽制だとずっと思っていたんです。でも昨日の様子を見たら、違うなとわかって。あなたは彼を好きではないですよね。どうして私につきまとっていたのですか?」
「……好きでなくても、婚約者に近づく女子は気になるもの」
これはかにんぴょんと決めていた答えよ。ユリアーネになにを問われても、私が彼女の正体に気づいていることは口にしない。
「そうとは思えないけど」とユリアーネは呟き、じとりとした目で私をみつめた。
「違うなとわかったと同時に理解したんですよ。あなたの目的は私の調査だった。本当は王太子の手先なのでしょう?」
ドクリと心臓が大きく脈打つ。失敗してはダメよ、ツェツィーリエ!
「調査とか手先とか、なんのこと? あなたは探られるような後ろめたいことがあるの?」
「手先ではないの?」
ユリアーネが近づいてくる。反射的に後ろにさがった。気味の悪さに肌が粟立っている。
「まあ、どちらでも構わないわ」とユリアーネが笑う。「愚かな王太子。弱点を簡単に晒すものではないわ」
「弱点って?」
「あなたに決まっているじゃない」ユリアーネの目が爛々と輝いている。「昨日の振る舞いは大声で『ツェツィーリエを愛している』と叫んだようなものよ」
「……それがユリアーネになんの関係があるのかしら」
背中が講堂の壁に当たった。これ以上はさがれない。
ユリアーネは嬉しそうに笑う。
「知らないの? 王太子は魔法少女か魔法生物かのどちらかよ」
……っ!
彼女は気づいている。
でも私のことは気づいていないのね。
「そうは思えないわ。どちらも彼には似合わないもの」
「あら、だってあの男の持つ魔力も技術も、恐らくはクリストハルトと同等かそれ以上よ。なのにどうして怪物と戦わないの? ただの一度も?」
ユリアーネの口調が少しずつ変わっている。本性を現しているのだわ。
用心しないと殺されるかもしれない。
「未成年だったから? でもクリストハルトは志願して認められている。それなら王太子だから、となるわよね。だけど観察してみると、アレはそんな小狡い性格ではないとわかったのよ。ならば答えは簡単。怪物が出現しているとき、その場所にいられないからよ。『王太子』の姿としてはね」
「……信じられないわ」
「別に信じなくて構わない。あなたはただの贄だから」
『贄』と言ったの?
思わず唾を飲み込む。
ユリアーネがニタリと笑う。
「目障りなのよ、魔法少女たち。クリストハルトの覚醒ついでに始末をするの」
核心だわ! それが私を殺す目的!
だけどクリストハルトが覚醒することは、魔王側には歓迎できないことではないの? マンガではユリアーネが哄笑していたけれど。
「ふふ、混乱しているようね」とユリアーネ。「あなたを殺せば、あの王太子はきっと自制心を失う。クリストハルトが犯人である痕跡を残せば、彼を殺そうとするはずよ」
「ユリアーネ。あなたは何者で、なにを企んでいるの?」
マンガの凄惨な場面を思い出したせいか、自然と声が震えた。
「怯えているの? いい気分だわ」
ユリアーネが人差し指を私の鼻先に向けた。いつの間にかに異様に長く爪が伸びている。
「私は魔王の腹心フェアラートよ、矮小な人間」
息を呑む。
ユリアーネが己の正体を自ら明かしたわ!