3・1 友人たち
朝、寮の自室に入ると、机の上に一通の手紙があった。差出人の名前はない。でも絶対にユリアーネからだわ。魔法で安全を確かめてから開封する。
『ジークヴァルト殿下のことで、大切なお話があります』
こう書けば、私を釣れるとふんだのね。
ユリアーネは今、どこまでこちらの状況を把握しているのかしら。私とジークヴァルトがホッフンとかにんぴょんだということは?
私が彼女の周りに出没するのはクリストハルトについてではなく、彼女の正体を知っているからだということは?
把握しているなら、こんなまわりくどい手は使わないように思えるけど、ユリアーネの目的がクリストハルトの絶望の可能性もある。
わからないことだらけだわ。
とりあえずジークヴァルトに連絡をしないと。
◇◇
学生服に着替えて寮を出ると、ポーチにはレオニーとマレーネ、ジークヴァルトの親友であるルーカスとエリアスが丸くなって話し込んでいた。まだ朝食前の早い時間だというのに。
私に気づいたマレーネの表情がパッと明るくなる。
「ツェツィーリエ! いつ帰ってきたの!」
ほかの三人も一斉に振り返った。
「先ほどよ。いったいどうしたの?」
「あなたを心配していたのに決まっているじゃない」レオニーが私に抱きつく。「大丈夫だった? 無理やり婚約者にされたの?」
「ジークのヤツ、だいぶ思いつめていたから」とルーカスが不安そうに言う。「君の気持ちも確かめないであんなことを」
「頼む、許してやってくれ」エリアスも言い募る。「入学するずっと以前から、君しか見えていなかったんだ」
そうだ、私が彼を好きなことは誰も知らないのだったわ。だからみんな心配をしているのね。
「好きならなにをしてもいいわけではありませんわ」とマレーネがルーカスたちを睨む。
「そうだが、王太子のくせに頭にバカがつくほどの一途なんだ!」
「だからといって、あんな誘拐まがいに連れ去って!」
「ま、待って!」マレーネたちと親友たちの間に入る。「みんなずっとケンカをしていたの?」
「ずっとではないわ」とマレーネ。
「きのうと今だけよ」とレオニー。
「ああ、心配させてごめんなさい!」ふたりを抱きしめる。「あまりに色々なことがありすぎて、気が回らなかったわ。私、ジークヴァルトが好きよ。今はとても幸せなの」
「そうなの?」
マレーネたちが気の抜けたような声を出し、ルーカスたちは
「良かった」と胸を撫でおろしている。
「だからね、みんなは寮に戻って朝食をとって」
なにしろこれからユリアーネとの対決なのだもの。寮ならば現場から離れているから、安全のはずだわ。
「ツェツィーリエはどこへ行くの?」
「……教師寮に」
「一緒に行くわ。ね?」とマレーネとレオニーがうなずきあう。
「いいの。私はお城でご飯を済ませてきたから」
ふたりはまだ納得していない顔をしている。
「その――聞かれたくないお話なの。ごめんなさい」
「わかったわ」と渋々そうにレオニーが折れてくれた。「ジークヴァルト殿下のことは本当に納得しているのね?」
「それはもう!」
レオニーとマレーネがほっとしたようにうなずきあう。
「あとね、ツェツィーリエ」とレオニー。「今日は髪をおろしたほうがいいと思うわ」
「素敵な結い髪だけれど」とマレーネ。
髪は両脇で編みこみにして、残った部分を後頭部でまとめている。
「これはジークヴァルト殿下の希望なの。今日は身だしなみに決まりがあったかしら」
「そうではないけれど」とマレーネたちが顔を見合わせる。
「ちょっと失礼」ルーカスがそう言って、私の後ろにまわった。「……わかりやすい」
「なんのこと?」
エリアスものぞき込んでいる。
「どこかおかしいかしら。王宮の侍女が結ってくれたのよ」
「髪はおかしくない」とルーカスが正面に戻ってきて教えてくれた。「首に三つもキスマークがある」
「……!!」
なにそれ!!
「隠したら絶対にジークヴァルトが怒る」とエリアス。
「幼稚だわ」マレーネは不愉快そう。「令嬢にすることではないと思うの」
「でもツェツィーリエが殿下でいいというのなら、私たちがアレコレ言うべきではないものね」とレオニー。
「こんな牽制をしなくても誰も、王太子が夢中の令嬢にちょっかいなんて出さないのに」とエリアスが笑う。「まあ、相当に惚れ抜いているからな」
ルーカスが、『そうだ』と膝を打つ。
「俺たちは本人からはなにひとつ聞いていないから」
「そうそう。見ていて察しただけ」
「ツェツィーリエが受け入れてくれて良かった」
『な!』と言い合うルーカスとエリアスは嬉しそう。
悪い気はしないわ。
だけどキスマークとやらはジークヴァルトに抗議しなくては。ユリアーネとの対決が終わったらね。
「あ、と」とルーカス。「クリストハルトのヤツ、今朝方から謹慎は部屋でしているみたいなんだ」
「あいつの魔力なら、部屋にどんな魔法をかけてあってもすり抜けられるに決まっている」とエリアス。「ツェツィーリエ、大丈夫だとは思うが一応気をつけて」
「ヤツはジークヴァルトを嫌っているし、君を逆恨みしていそうだ」
「わかったわ、ありがとう」
ふたりの男子に笑顔を向ける。
話を終えるとルーカスとエリアスは男子寮に向かい、マレーネとレオニーは女子寮に入っていった。
彼女たちの姿が完全に見えなくなるまで見送って。それから、手紙に指定された場所に足を向けた。