表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/16

2・5 明日殺されるなら

 ジークヴァルトとの婚約は驚くほどスムーズに済んでしまった。


 体が不自由ながらも城に来ていたグヴィナー男爵には息子の愚かさを謝罪され、新しい婚約を心の底から祝福すると言ってもらえた。相手が王族だから真意がどうあれそう言うしかないだろうとは思う。だけどもしかしたら、男爵も公爵令嬢の嫁をもらっても困ると考えていたのかもしれない。そう思わせる安堵感を彼から感じたから。


 私たちはたくさんの祝福を受け、挙式の日取りまで決まった。近々発表するそう。


 でもその前に、明日は私が殺される予定の日。昨日のうちにかにんぴょんと対策を考えてあり、国王様もそれを許可してくれたので明日はユリアーネと対峙する。


 とはいえ、それまでが絶対に安全とも言い切れない――とジークヴァルトが主張し、国王様やお父様たちも同意見らしいわ。今夜は私を守る鉄壁の布陣が用意されているのだそう。

 私が王宮に連れてこられた理由の半分が、それなのですって。


 泊まるために用意されたのは、ジークヴァルトいわく、王宮で二番目に美しい部屋だった。一番は王妃様がお使いになっているから、来客用としては最高ということよね。陛下たちだけでなく、侍女侍従衛兵たちまで素晴らしい笑顔だから、私はとても歓迎されているみたい。嬉しいわ。



「足りないものはあるか? 衣服類はバルヒェット邸から届いているはずだが」

 部屋の中央に立ったジークヴァルトが、王太子だというのにまるで侍女かのようなことを訊く。なんだか落ち着きがないみたい。


 それはそうね。部屋には私たちふたりきり。彼は侍女や衛兵たちを『無粋なマネをするな』と言って追い出してしまったから。私だって思いが通じあった――そして温室で初キスを済ませた――ばかりのジークヴァルトとふたりだけというのは、そわそわしてしまうもの。


「問題ないわ。大丈夫よ」

 ジークヴァルトがうなずく。

「クリストハルトを教師が拘束してしまったからな、ユリアーネがどう動くかわからない」

「そうね」

 彼女の監視を学校側に頼んである。危険だから、あくまで見張るだけ。動きがあったら連絡をくれることになっているけど、今のところはなにもないみたい。


「部屋の外回りはロートトルペが交代で守るからな」

「心強いわ」

 対怪物(ウンゲテューム)のロートトルペ隊は隊長がいるけれど、実はジークヴァルトが最高指揮官なのだそう。幹部しか知らない機密事項なんだとか。だから現場でうさぎと子供でしかない私たちに従順に従ってくれていたみたい。

 ジークヴァルトを『腰抜け』と蔑んでいるクリストハルトに教えてあげたいわ。


 ジークヴァルトが私に近寄る。触れるか触れないかの距離。

 これはキスかしら。

 ドキドキと心臓がうるさい。


「部屋の中では俺が寝ずの番をするつもりなのだが」

「あなたが? それは申し訳ないというか――」

 乙女心的に落ち着かないというか。好きなひとに寝顔なんて晒せないわ。どんな間抜けな顔になっているか、わからないもの。


「ツェツィーリエはなにがあっても俺が守る」

 ジークヴァルトが私の頬に指で触れる。

 やっぱりキスだわ!

「命にかえてでも」

「それはダ……」

 彼の指が私の口を押さえた。ジークヴァルトは眉を寄せて、凶悪な敵に対峙しているかのような表情をしている。


「俺の覚悟の話だ。ツェツィーリエを守るためなら、どうなっても構わない。ただ――」

『ただ』?

「両思いだとわかった今、このまま死ぬのは悔しい気持ちがある」

「婚約は決まったし……挙式を早めるということ?」

「いや。そうじゃなくて」ジークヴァルトの顔がうっすらと赤い。「泉での治癒は、俺の理性を試されている地獄の時間なんだ」


 ……ああ。

 なるほど。

 みんながやけに笑顔だったのは、この展開を見越していたのかもしれないわね。私たちがいくら幼馴染で共闘する仲間だからといって、部屋にふたりきりにするのはおかしいと思ったのよ。


「寝ずの番をしなくてはという気持ちはあるのだが――」

 私はまねをして、彼の唇に指を押し当てた。

「今夜は理性を試さなくて構わないわ」



 ◇◇



 眼下に前世の弟が見える。

 彼の前に窓のしまった棺があって、もしかしたら寝ずの番をしているのかもしれない。

 弟が私のバッグの中を覗き、なにかを取り出した。


 ――最新の『絶望のクリストハルト』が載っている雑誌だわ!

 買ったのに読む前に事故で死んでしまったのよ。

 お願い、弟! 『クリストハルト』を読んで!


 懸命に願ったのが通じたのか、弟は雑誌を開いた。



 ◇◇



 一瞬なにもかもが、わからなかった。

「ツェツィーリエ。どうかしたか」

 蕩けそうに甘いジークヴァルトの声が耳元に聞こえて、自分が誰でここがどこかを思い出した。


 私はツェツィーリエ・バルヒェット。

 ここは王宮の一室。ベッドの中。ジークヴァルトの心地よい体温に包まれている。


「うとうとしていたかしら」

「ああ」と彼の指が頬をなぞる。「しっかり眠ったほうがいい」

「夢を見たの。前世の創作物の続きがわかったわ」


 そう声に出したとたんに、恐怖が背中を這い上がり、ぶるりと震えた。


 惨殺死体となった私を発見したのはクリストハルトだけではなかった。一拍遅れて、ジークヴァルト。そのさらに後にユリアーネや主人公の仲間たちもいた。

 ジークヴァルトは激昂してユリアーネに『お前が殺したな。ツェツィーリエは一昨日証拠をみつけたんだ!』と詰め寄る。

 愛するひとの危機だと思い込んだクリストハルトは助けようとしたものの、本気を出したジークヴァルトにあっさりと退けられ、そして――。


 クリストハルトは『愛の力』で覚醒。凄まじい量の魔力を放出した。

 それは爆発的な威力で学園を破壊し、ジークヴァルトも仲間たちも四肢を千切られ、無惨に死ぬ。その凄惨な光景の中で呆然としているクリストハルトと、無傷で哄笑しているユリアーネ――。


「ジークヴァルト。このままだと大変なことになるの」

 クリストハルトと仲間がどうなろうと知らないけれど、ジークヴァルトだけは絶対に守らなくてはならないわ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ