1・1 転生先は魔法少女な悪役令嬢
『転生したら悪役令嬢になっていた』というのが一部界隈では人気の設定だけど、まさか自分がそうなるとは思わなくて?
何度目になるかわからないため息をつく。窓ガラスに映っている顔は、バトルマンガ『絶望のクリストハルト』に出てくる悪役令嬢ツェツィーリエのもの。
それはそうよ。私はツェツィーリエ・バルヒェットなのだから。きのうまではまさか、自分が創作物の世界の悪役だとは思わなかったわ。
しかもあさって惨殺される予定なのだから――。
眼下の道を生徒会の男子たちが通りががる。ここは全寮制の学園で私がいるのが女子寮。奥に男子寮がある。
彼らの中でひときわ目立つのがジークヴァルト・ハーゼンバイン。背が高く軍人のような体躯をしていて、クセのある髪は燃えるような赤。その見た目から、『猛火の獅子』と呼ばれている。美男だけど目つきが悪くて、いつも不機嫌そうな顔をしている。我が国の王太子で、私とは幼馴染。仲は良くない。
彼がこちらを見上げた。バチリと視線が合う。
慌てず、自然に見えるよう窓の前から離れた。
『あなたを見ていたのではないのよ』と心の中で、彼には届かない言い訳をしながら。
少したってから窓に近寄ると、男子寮のエントランスに入っていく後ろ姿が見えた。
殺されてしまったら、これが彼を見る最後かもしれない。
――そんなのはイヤだわ。
私は彼が好き。いつの頃からか嫌われだして、今はろくに会話もしないというのに、気持ちが冷める様子はない。思いを告げることができない身だから、疎まれていても構わないと諦めていたけれど。
でもこんなに我慢をしてきたのにあさって死んでしまうなら、好きと伝えたい。
ジークヴァルトは驚くかしら。それとも迷惑に思う?
おめおめ殺されるつもりはないけれど、惨殺を回避できるかは未知数だもの。心残りがあるのは嫌だわ。
踵を返しライティングデスクに向かい、引き出しの中からふたつに折りたたんだ紙を取り出す。きのう思い出したマンガの内容が書いてある。
連載が始まって間もないマンガ、『絶望のクリストハルト』はタイトルどおりクリストハルトが主役だ。彼はグヴィナー男爵家の長男で、王侯貴族の子女が通う魔法学校の一年生。ある日莫大な魔力に目覚めて、敵である怪物との戦いに身を投じる。
ヒロインはたぶん、庶民からハンゼン男爵家の養女になったユリアーネ。ピンクブロンドの可愛らしい子で、クリストハルトとは同じクラス。かなり仲がいい。そして彼は彼女が好き。
ただ、もうひとり、ヒロインらしき子がいるのよね。治癒魔法が得意な幼馴染、子爵令嬢のリーゼロッテ。彼女も同じクラスで、なにかとクリストハルトの世話をやく。リーゼロッテは彼を好きなようだけど、はっきりした描写は出てきてない。
そして私、公爵令嬢ツェツィーリエの役割は、クリストハルトの婚約者。
おじい様が彼の祖父に恩があり、私は感謝の印としてグヴィナー家に嫁がされるの。でも両家の祖父はとうに他界しているし、クリストハルトは私が嫌いみたい。
今まではその理由がわからなかったけど、マンガの知識が入ったことで判明したわ。
クリストハルトは、私が完璧に身に着けている高位貴族のマナーや振る舞いを堅苦しく思っているらしいのよね。そのうえ性格も合わないし、趣味趣向も一致しない。好きになれるところなんて、ひとつもないと彼は思っている。
そんなことを言われても、困ってしまうわ。私だって好きで婚約したのではないもの。
マンガのツェツィーリエは、クリストハルトに敬遠されていることが気に食わず、彼と仲のいいヒロインユリアーネをいじめている。性根が腐り悪賢いツェツィーリエは(この設定はひどいわ! 私はそんな嫌な人間ではないもの)、けっして人前ではやらずに陰でやる。すごく小狡い悪役令嬢なのよ。
好きな女の子をいじめられ続けて、クリストハルトはついにツェツィーリエに婚約破棄を叩きつける。だけどその翌日、学内でツェツィーリエの惨殺死体が発見される――というのが前回までの内容。
最新話でどうなるのか、すごくすごく気になっていたのに、掲載雑誌を買った直後に前世の私は死んでしまったのよ。
でも。ツェツィーリエ本人の私は、犯人の想定がつくわ。
『ツェツィーリエ』
頭の中に女神様の麗しい声が響いた。
『怪物が出ました。至急向かってください』
「承知しました」
メモを引き出しの奥に隠すと、私室にあるすべての扉を確認した。どれも鍵がかかっている。
大丈夫だわ。
服の下につけているペンダントを軽く押さえた。
「無限に広がる気高き勇気! 魔法少女ゲッティンホッフン!」
爆発的な光が溢れ、どこからか天上の音楽が聞こえてくる。私の体は不思議な感触に包まれて、十数秒後には変身を終えていた。推定年齢、十三歳くらいの可愛らしい魔法少女ホッフンにと。
前世の記憶がないときですら恥ずかしかった。なにしろふわふわひらひらの『誰が着るの!?』と頭を抱えたくなるような幼稚なデザインなのだもの。しかもスカート丈はお尻のラインギリギリ。白いスパッツを履いていて肌の露出はないとはいえ、こんな破廉恥な服は踊り子だって着ないわ。
ニチアサの記憶がある今では、いたたまれなくて辛すぎる。だって私は十八歳。前世なんて二十歳を超えていたのよ。いくらツェツィーリエとまったく違う外見でも、こんな姿で外に出るなんて嫌。
だけど怪物が出たなら、退治しに行くしかないの。それが私の使命であり仕事だから。
転移魔法の呪文を唱える。