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22.そして裁きは下る

 

 悲劇はウィルスタインにある、リズの実家の屋敷で起こった。

 リズが託宣の儀をして望まぬ結果を出したことではない。

 その悲劇は、現在進行系で起きていた。


 分をわきまえぬ召喚の代償は、果てしなく大きい。

 まず召喚に必要な条件を整えるだけでも、普通ならとても割に合わない環境が必要だ。

 その上、呼び出せたとしてもどこまで言うことを聞くかは博打に近い。

 ある程度指示を聞けばいい方で、だいたいは単純な単一の命令のみしかできない。

 

 なによりも大きなリスクは、召喚した精霊がやられてしまった場合にある。

 精霊がこちらの世界で消えてしまった場合、その代償は術者に跳ね返るのだ。

 これは分をわきまえぬ、自らの力を超えた召喚を行ったときだけに限らない。

 

 ごく普通に、自分が自然に呼べる範囲の召喚だとしても、そのリスクは常につきまとうものである。

 そのため通常、召喚に属する資質を持つ魔法使いは、自分が呼び出せる限界より一段階以上格下の精霊を呼び出す。

 それならば召喚した精霊は細かい指示も聞くし、万が一やられてしまったときもそれほどの跳ね返りは起きない。


 仮に、自分と同格の存在を呼び出して、それがやられてしまった時はどうなるか。

 ほとんどの場合、術者も昏倒してしまうだろう。

 もし荒事に関わる魔法使いがそのような事態になってしまったら、それは即、死に繋がる。

 

 では、自分が呼べる限界よりも遥かに上の精霊をなにかしらの手段で召喚し、それがやられてしまった場合はどうなるか。

 昏倒では絶対に済まない。

 どんなに運がよくても確実に後遺症は残る。

 精霊からの跳ね返りというのは、肉体には直接の影響を及ぼすものではない。

 それは、精神に重篤な爪痕を残す。


 早い話、気が狂ってしまう。


 リズの義姉であるキュニエは、屋敷の自室に籠もっている。

 部屋には椅子もベッドもあるというのに、ベッドの近くの床に座り、布団を被って震えている。

 震えながらある一点を見つめ、ぶつぶつと独り言をつぶやき続けている。


 その一点とはベッドの上にあるぬいぐるみであった。


 女の子のぬいぐるみだった。

 ずいぶんとデフォルメされていて、特徴的な特徴はあまりない。

 

 キュニエは、まるでそのぬいぐるみから目を離したら死ぬとでも思っているかのように、ひたすらにぬいぐるみを凝視していた。


 口から紡がれる言葉は震え、怯えきっていた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 キュニエは、ひとり自室でぬいぐるみに話しかけ続ける。


「ねぇリズ、どうしてお姉ちゃんをそんなに睨むの……? お姉ちゃんはちゃんと謝ったでしょう……?」

 

 目には涙を浮かべ、許しを乞うようにつぶやく。


「どうしてお姉ちゃんを閉じ込めるの……? ねえここから出してよ……何でもするから……謝るから……」


 怯えきっているというのに、キュニエは絶対にぬいぐるみを見るのをやめなかった。


「見ないでよ……! 私をそんな目で見るのはやめて…… 私は悪くないの……! リズが」


 キュニエは、縮み上がるように震え上がり、


「ち、違うの……! 私が全部悪いの……! だからごめんね、リズごめんね、だからそんなひどいこと言わないで……私が悪いの……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 同じ言葉は、同じやり取りは、何度も何度も繰り返された。

 何の変哲もないぬいぐるみに対して。

 まるで呪いでもかけられたように。


 しばらくして、キュニエの部屋の扉が開き、人が入ってきた。

 キュニエの実の母であり、リズの義理の母であるオルールであった。


「ああ…… キュニエ……」


 オルールは、憐憫(れんびん)に溢れた声で言う。

 キュニエの元まで近づき、


「もうすぐお医者さんが来ますからね、それまではそんなところじゃなく、ベッドで休んでいなさい」


 キュニエは、近くまで来た母の姿を見てもいなかった。

 ぬいぐるみを見つめて、ただひたすらにつぶやいている。


「リズ……許してよ……お願いだから……もうそんなこと言うのやめてよ……」


 オルールは迂闊(うかつ)であった。

 まず、付き人を連れずひとりで入ってきてしまったこと。

 次に、娘をいつもの娘としか考えていなかったことだ。

 娘は娘であり、それの精神状態については深く考えずに対応してしまった。

 娘が自分に対して危害を加える可能性など、一抹も考慮していなかったのである。

 そしてなにより取り返しがつかなかったのは、ベッドの上のぬいぐるみを触ってしまったところにある。


「もう、こんなぬいぐるみ……」


 オルールはそう言って、ぬいぐるみをベッドの上からどけようと取り上げたのだ。


 突然、キュニエが発狂した。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


 絶叫であった。

 正気の人間では決して出せない音色を帯びた叫びが屋敷中に響いた。

 なにが起きたかもわからず、目を見開いて娘を見るオルールに、キュニエが飛びかかった。


「私のリズをおおおおおおおおおおおおおお返せええええええええええええええええええええ!!!!!」


 狂気の絶叫と共にキュニエはオルールを押し倒し、その首に手をかけ、


 思い切り締め付けた。


「私のリズを()るやつはみんな殺してやる!! 殺してやる!! 殺してやる!!」


 狂人の力で首を締められるオルールの口から漏れるのは言葉ではなく、なにも吸えてないようにしか聞こえない細い呼吸音だけだった。

 

 目を飛び出さんばかりに見開き、娘に首を締められる母は、助けを求めることすら許されなかった。


 キュニエの叫びに屋敷中の使用人が集まった。


 キュニエは、男三人の手で、ようやく抑えつけられた。


 幸い、オルールの命はギリギリで助かった。


 あるいは、不幸にも。



 キュニエの部屋の暖炉の上には、一枚の絵画がかかっている。


 題名は『神の祝福』


 そこには、人間に裁きと祝福を与える神の姿が描かれている。



***

 


 アジールは、大陸が誇る屈指の医療都市だ。

 専門的な病院がいくつもあり、その上医者を育てるための学校まで作られているのだ。

 他の場所ならば匙を投げるような病気も、ここでなら治る可能性があるとされ、病人たちの最後の希望とされる都市だ。

 アジールにはあらゆる種類の医者がいる。

 一般的な病気、怪我を治す医者はもちろん、魔法関連からの病気や呪い、精神疾患にも対応できる医者まで存在する。


 今、そこに一台の馬車が向かっていた。

 貴族が乗るような馬車ではなく、単なる幌馬車だ。


 その幌の中には、三人の女性がいた。


 ひとりは明らかに付き人だ。

 幌馬車にただ座り、他のふたりを見張っている。

 その顔は不満に満ちており、なぜ自分がこんな役目をと思っていることを隠そうともしていない。


 もうひとりの女性は、意識がなかった。

 老齢に近い女性で、幌馬車の中に横たわり、毛布をかけられまったく動かない。

 生きているのは間違いない。その証拠に浅く胸が上下している。

 ただ、その身体の不潔さから、ずいぶんと長い時間意識不明であると思われた。


 最後のひとりは、年若い女性であった。

 幌に背を預け、毛布をかぶっている。

 その手にある女の子の形をしたぬいぐるみに、何事かをぶつぶつと呟き続けている。


 アジールは、大陸屈指の医療都市である。

 だからこの馬車も、おそらくは()()のためにアジールへ向かっているのであろう。

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