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21.あなたの味方


 リズは、反射的に目を閉じて身体をこわばらせた。

 文字通りこれから来る死ぬほどの痛みに備えて。


 音だけが、聞こえた。

 何かが爆発したような炸裂音。

 

 痛みは、まだ来ない。

 それから一秒が経ち、二秒が経ち、三秒が経った。

 それでも、痛みが来ることはなかった。


 リズは恐る恐る目を開く。

 すると、そこにはノアールがいた。

 かばうようにリズの前に立ち、いつも通りの燕尾服を着て。


 転移してきたのだろう。リズの危機を知る術もなにかしらあったのかもしれない。

 リズは思わず叫んだ。


「ノアール!!」


 ノアールの声には、いつもとなんら変わりない落ち着きがあった。


「大丈夫ですか? リズ様」

「大丈夫よ、おかげで」


 ノアールの落ち着きぶりに感化されて、リズもいくらか落ち着きを取り戻した。


 リズが本当に大丈夫かどうかは少々怪しかった。

 盛大な転倒でついた傷がいくつかあったし、打ち付けたところもいくつもあった。

 それでもリズは痛みを感じていない以上、大丈夫だと答えた。興奮で痛みは麻痺していた。


 ノアール越しに、巨大な獅子の姿が見えた。

 獅子はノアールと対峙して悠然と立っている。


 リズの目の前にノアールという希望が現れ、道が開けたことでリズの頭が回転を始める。

 ノアールは転移ができる、これならば逃げるのは容易だ。

 問題は、アンヌを拾うところにある。

 ノアールがどれだけ大霊の攻撃を(しの)げるかがわからない。

 が、防げる実力はあるようだ。

 リズが無事な以上、ノアールが大霊の攻撃を凌いだはずなのだから。


 だが、それがいつまで持つかは極めて疑問だ。

 精霊を代表としたこの世ならざるものは、その力の強さによって呼び名が異なる。

 下から順に雑霊、邪霊、悪霊、妖精、御霊、大霊、亜神と並ぶ。

 亜神はもはや神である。亜神は教会が信じる神ではない、異界に存在する同等の力を持つ存在を指す。

 そして、大霊はそれに次ぐ力を持った精霊の呼び名だ。その力は人間が討伐できる粋を超えている。

 大霊を討伐するとなれば、軍が犠牲を覚悟で挑むくらいの戦力が必要だ。


 その相手にノアールはどれだけ耐えられるのか。

 

 強烈な違和感があった。

 リズが必死で考えていた時間は十秒に満たないとはいえ、数秒は経ったのだ。

 それだけの時間が経ったのに、巨大な獅子はノアールと対峙したまま動かない。

 よくわからないがチャンスだった。


「ノアール、アンヌが向こうにいるの。あたしと一緒にそこまで跳んで、アンヌを拾って安全圏まで逃げることはできる?」

「できると思います」

「じゃあ、それをお願い、今すぐに!」

「なぜです?」


 獅子から放たれる破裂音は止むことがなかったが、なぜか獅子は未だに動かなかった。


 リズは、ノアールの質問の意図を掴めず激昂した。

 ノアールが、アンヌを見捨てようとしているのかと思ったのだ。


「なぜって…… アンヌは友達でしょ!?」

「いえ、そうではなく、なぜ逃げるのですか?」

「逃げるわよ! だって相手は確実に大霊よ!?」


 ノアールの背中から、不敵に笑うような気配が(にじ)み出た。


「勝てますよ、普通に」


 言って、ノアールは散歩にでも出かけるような歩調で歩き出した。

 リズは叫んでノアールを止めようとしたが、そこで異常に気付いた。

 ノアールが歩を進めたことで、巨大な獅子の姿をした大霊が、一歩退いたのだ。


 まるでノアールを恐れるかのように。


 獅子の身にまとう雷光が、一際強く光り輝いた。

 目をつぶりたくなるような閃光がきらめき、耳を抑えたくなるような破裂音が辺りを満たした。

 

 それでもノアールは、それがなんでもないことであるかのように、歩みを止めなかった。


 獅子が、吠えた。

 

 その咆哮は、リズにはどこか、恐怖を打ち払うための、自身を奮い立たせるための咆哮であるように感じた。


 戦いは、一瞬で決した。


 獅子から雷撃が放たれると同時に、ノアールがまるで音楽の指揮者のように手を動かした。


 それだけで、雷撃は歪曲(わいきょく)し、あらぬ方向へと飛んでいった。


 そして、ノアールが指を鳴らしたのだ。

 獅子の雷光が放つ破裂音の中、なぜかその音だけはリズの耳にはっきりと届いた。


 突然、獅子自身の影が膨れ上がり、それは巨大な柱となって獅子を包み込み、巨大な影の柱は自身の中心に吸い込まれるかのように収縮した。

 リズは、目の前で起きているなにかを呆然と見つめる。

 巨大な獅子を飲み込んだ影は霞のように消え去り、あとにはもうなにも残っていなかった。


 森の中を、静寂が包んだ。


 あれだけ巨大だった大霊が、跡形も残っていなかったのだ。


「勝ったの……?」

「ええ」


 ノアールが振り返る。

 そこには、いつもとなにも変わらないノアールの姿があった。

 リズは、目の前で起こった現実をようやく飲み込みつつあった。


 ノアールが大霊を打ち倒したのだ。


 人間であれば個では戦いにすらならないような相手を。

 それも容易く。


 それは、リズが学んで来た魔法の知識から、あってはならないことに思えた。

 

 ノアールがリズの元までやって来て、手を差し伸べてくれた。

 

 その仕草は、暗殺されかけて、腰を抜かしたリズを助け起こしてくれた時を思い出させた。


「さあ、お手を」


 リズの中で、純粋な疑問が膨れ上がった。


 ノアールは、いったい何者なのだろう。


 いまさら何者だろうと構わなかった。

 何者であろうとノアールはノアールであり、リズのノアールへの信頼は揺らぐことはない自信があった。


 ただ、知りたかったのだ。

 自分を何度も何度も助けてくれるノアールは何者なのかを。


 もう、直接聞いても構わない気がした。

 自分を呼び出した主はなにを呼び出したかも把握していない、そうノアールに思われても、なにも問題はないと思った。

 だから、リズはその疑問をそのまま口に出した。


 ノアールの手を取り、言う。


「ねえ、ノアール。あなたいったい何者なの?」


 ノアールはリズを助け起こしながら笑った。

 それはリズが今までに見たことがないものであった。

 その笑みは、子を思う母のようでもあったし、愛する女性を思う男のようでもあった。


 ノアールは微笑みながら答える。


「リズ様、わたしはあなたの味方ですよ」

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