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19.謎の外出


 ノアールからの、いきなりの申し出だった。


「二日ほど外に出ていてもよろしいでしょうか?」


 あまりの突然な申し出に、リズは混乱した。

 リズの考えはなにか悪いことしたっけ、と思い返すことから始まった。

 いくら考えてもノアールが買ってきていたクッキーを、黙って食べてしまった以外は思いつくことがなく、そこまで考えてようやく機嫌を損ねたから出ていくという話ではないと気付く。

 

 ノアールは遠出をしたいだけなのかもしれない。だから主人であるリズの許可を求めているのだ。

 理由を聞いてしまえばいいのに、リズは混乱故におかしな思考に陥っていた。

 どこに行くのかを尋ねて、それによって良し悪しを決めるのは主人としてどうなのかと。


 ノアールは外に出たいと言っているのだ。

 これに対してリズがどこに行くのかを聞いて、その場所の気に入る気に入らないで、行っていいか悪いかを決めるのは、単なる束縛女なのではないかと思うのだ。

 従者を信頼するならば、ただ「よし」とだけ言うべきなのが立派な主人の務めなのではないのか。

 だからリズは、


「わかったわ」


 とだけ言った。


「ありがとうございます。なにかあったらわたしを呼んでください、すぐに駆けつけます」


 あとから思えば、普通に聞いておけばよかったとしか思わなかったのだけれど。



***



「なんでしょうね。わ、わたしも見当もつかないです」


 とアンヌが言う。

 アンヌの家の料理屋でふたりは昼食を終え、お茶を飲んでいた。午後の日差しに照らされながらのんびりといった様子だ。

 季節が夏に近づいているだけあって、午後の気温は暖かいというよりも暑いに近くなっていた。

 道行く人の装いも春を感じさせるものと夏を感じさせるものが半々といった感じで、いよいよ季節の移り変わりを思わせる。


 ノアールは、朝に出かけていった。

 リズは結局、どこに行くかは聞かなかった。

 

 聞けばいいのに、リズは一度決めた方針を変えるのはかっこ悪いと思って意地でも聞かなかった。

 朝も、単に「気をつけてね」とだけ言ってノアールを送り出した。

 

 送り出して一時間もしないうちに、リズはノアールがどこに行ったのか気になって気になって仕方がなくなった。

 ノアールがリズを同行させずに遠出、というのがまずまったく想像できない。

 叔父となにか秘密の交渉、だとしたら二日がかりの説明がつかない。


 あるいは叔父からなにかを頼まれ、それをこなすためという可能性もあるかもしれない。

 だがそれだとリズに説明なく出かけたい、とだけ言うのはおかしい気がする。

 リズはそうしてノアールがどこに行ったのかをぐるぐるぐるぐると考え、家にひとりでいたら気が散ってしょうがなかったので、アンヌに会いに来たのだ。


 そうしてアンヌに話したわけであるが、リズがわからないノアールの行き先を、アンヌがわかるはずもなかった。


「そういえば、この前の料理、ノアールさんの反応はどうだったんですか?」

「うん、喜んでくれたよ」


――――リズ様の料理を口にできて幸せです。


 ノアールの大げさな言葉を思い出して、リズはほっこりとした笑みを浮かべた。


「アンヌ、ありがとね。アンヌのおかげであたしにもちゃんと料理ができたから」

「と、とんでもないです。わたしも楽しかったですし」


 言ったあと、アンヌが上目遣いのおかしな様子でリズを見ている。


「なに? どうしたの?」

「リズ様とノアールさんってどういう関係なんですか?」

「え?」

「前に召使いって言ってましたけど、そういうんじゃなくて、その、なんていうか」


 アンヌは言うか言わないか迷うような間を一瞬作ってから、


「そういう関係みたいなの、ないんですか?」


 リズは、アンヌの言わんとしていることをすぐには理解できなかった。

 アンヌの態度と言い方から『そういう関係』にようやく思い至った。

 リズは、それを想像してしまった。


 赤く、なったと思う。

 頬が紅潮するのを感じる。

 リズはそれをごまかすように必死に言い繕う。


「ないないないないないないそういうのはないから!」


 アンヌはそれを聞いて残念というよりも不満そうだ。


「えー、本当ですか?」

「本当に本当、あたしとノアールは主人と使……従者なの!」

「ふーん」


 と、アンヌはまだ疑わしげな目をリズに向けている。

 リズはアンヌにバレぬようにゆっくりと深呼吸をする。

 そこにアンヌがぽつりと、


「お似合いなのに……」

「もう! その話はやめなさい!!」


 リズは良い家の令嬢にあるまじき勢いでお茶を飲み干す。


「そうだ、ノアールさんがいないなら、お菓子を作ってみませんか?」

「お菓子?」

「そうです。い、いまは木苺の季節なので、木苺のパイとか作ってみるのはどうです? 今ならカルセルの近くの森でも木苺が採れるんです。あそこなら危なくないですし、わ、わたしもちょうど明日が休みなので、朝から木苺を採りに行ってその後パイ作りっていうのはどうです?」


 リズは想像してみる。午前はアンヌと森へお出かけ。ちょっとしたピクニックだ。

 木苺狩りなどしたことはないが、アンヌの言いようからして簡単に採れるのだろう。

 それから午後はアンヌと一緒にパイを作る。うん、いかにも楽しそうだ。


「いいかも。あたしの方はとくに都合もないし」

「ノアールさんも喜ぶかもしれませんしね?」


 アンヌがいたずらっぽく笑って言う。


「もう! そういうのじゃないってば!!」


 リズはノアールが自分の作ったパイを食べるところを想像しかけ、その想像を必死に振り払った。

 リズはあくまでもアンヌと一日を過ごすのが楽しそうと感じただけでノアールは関係ないのだ。

 その結果ノアールがパイの恩恵に預かったとしてもそれはそれだ。


 ノアールが帰ってきたとき、家にリズの手作りパイがあったらノアールは喜ぶかもしれない。

 が、それはリズがアンヌと過ごそうと決めたこととは何の関係もない。喜ぶのはノアールの勝手だ。

 リズはアンヌと過ごすのが楽しみなだけ、うん、そうだ。


 友達と過ごすのに難しい理由などいらない。

 リズは決めた。


「ど、どうします?」 

「行きたいわ。楽しそうだし。ノアールは関係なくね」

「そうですね、ノアールさんはお出かけ中ですもんね」


 そう言いながらアンヌはにやにや笑いをやめない。

 リズは弱みを握られた気分だ。


 どういう関係なんですか? そう聞かれ、リズは返答に窮した。


 本当のところリズ自信も、自分とノアールがどういった関係なのかはっきりとはわかっていないのだから。

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