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18.故郷より憎悪を込めて


 リズの継母であるオルールよりも、義理の姉であるキュニエの方がリズを憎み、追い込もうとしていた。

 

 キュニエは、初めてリズに会った時から、リズのことが気に食わなかった。

 初めは単に容姿が気に入らなかった。


 その頃はキュニエも十歳であり、あまり細かいことが考えられたわけではない。

 それでも、リズが義理とはいえ自分の妹になったあとのことを想像してしまったのだ。


 六歳のリズは、それはもう可愛らしい女の子だった。

 十歳のキュニエでさえ、それを認めざるを得なかった。


 なので虐めた。


 十歳のキュニエは感じたのだ。この子が自分の妹になったら、この先ずっと比べられて暮らすことになると。

 妹はこんなに可愛いのに姉は、と比べ続けられるのを本能的に感じ取ったのだ。

 だから、早い内から心をへし折ってやろうと思った。


 手始めに、地下室に閉じ込めてやった。

 一緒に探検しましょう。そういって真っ暗な地下室に置き去りにして、錠を閉めたのだ。

 リズは半日ほど閉じ込められ、出てきた時には目は真っ赤で、泣き続けたあとがありありと見えた。

 いい気味だった。


 それでもリズは折れなかった。

 それ以降は、どれだけ意地悪なことをしようと泣いたりせずに、力強い目つきで(にら)んでくるのだ。

 そうして、また嫌いなところが増えた。

 キュニエを睨んでくる目つきの悪さが嫌いだった。自分よりも小さなこどものくせに、折れない意思の強さが嫌いだった。


 キュニエの嫌がらせは、言葉を中心としたものに変化していった。

 あまりにも直接的な虐めがバレたらまずいというのは子供でもわかっていたからだ。

 リズがなにかを出来なければ、そんなこともできないのかと執拗に責めた。

 リズは能無しであり、自分ではなにもできないのだと信じ込ませようとした。

 

 それでも、リズは努力をした。

 出来なかったはずのなにかは、いつの間にかできるようになっていた。

 いつしか、キュニエができて、リズができないものはほとんどなくなってしまっていた。

 また、嫌いなところが増えた。


 母がいる手前、直接態度には出せないが、使用人たちもキュニエではなくリズのことが好きなのだと知っていた。

 リズが夜遅くまで勉強していると、コックがリズに夜食を持っていくのを見たのだ。

 コックが単独で動いていたはずはない。リズを支持するものが使用人たちの間で多数派だったのは間違いない。

 似たような場面を、他にもキュニエは目撃していたのだから。

 キュニエにはそんなことは一度もしてくれないのに。

 また、リズの嫌いなところが増えた。


 キュニエの部屋には、ある気に入った絵画が飾ってある。

 その絵は暖炉の上の壁にかけてある。


 題名は『神の祝福』といった。


 そこには、ある人間には裁きの雷を与え、別の人間には祝福を与える神の姿が描かれている。

 宗教画ではあるが、教会が認めているものではない。

 それは、この絵の神が罰を与え、祝福を与えている人間が、罪人としても善人としても描かれていないからだ。

 これは、神のきまぐれを表した絵画なのだ。


 キュニエはなぜかこの絵が気に入った。初めて見た時から気に入ったのだ。リズを初めて見た時とは真逆だった。

 本当に好きなもの、というのは、理由を説明できないのだと思う。

 

 リズが託宣の儀を終えて、闇使いであると判定が出たと聞いた時は最高の気分だった。

 ざまを見ろだ。神の裁きがどこに下ったかは明白であり、祝福されているのは自分なのだ。


 母は、キュニエが驚くほど早く動いてくれた。

 母もリズのことは嫌っていたし、キュニエのためでもあった。

 病気の療養という扱いで叔父の元へと移動させ、その途中でリズを亡きものにしようとしたのだ。


 それなのに、リズは生き残った。

 仕事を任せた傭兵からなんの連絡もない時点で、それは返り討ちにあったか逃げ出したかのどちらかに決まっていた。

 その予感は、叔父からの連絡で確定した事実となった。


 箱入りの令嬢であるはずのリズが、名うての傭兵を相手にどうやって生き残ったのか。

 そんなのは“闇使い”としての力を使ったに決まっていた。

 忌み嫌われた力であろうと、強力な力なのは間違いない。リズはその力を使って傭兵を返り討ちにしたのだ。


 泥棒は、他人を泥棒だと考えるという話がある。

 盗みをしたことのある人間が物を失くしたとき、それは自分が失くしたのではなく、誰かが盗ったのではないかと考えてしまうのだ。

 人は誰しも自分の基準で物事を考える。


 キュニエは生き残ったリズを恐れた。

 なぜなら、生き残ったリズは、闇使いとしての力を振るって自分たちに復讐するに決まっているからだ。

 キュニエがリズの立場だったならば、絶対にそうする。


 なりふりは構っていられなかった。

 リズを早く殺さなければ、キュニエはリズに殺されると本気で信じた。


 リズの生き残りが確定してから、まともに寝れた日はなかった。

 キュニエの目の下にははっきりとしたくまが浮かび、目は血走っている。


 キュニエは、精霊使いである。

 だから母はウィルスタイン家に嫁ぐことができたのだ。


 キュニエは、呼ぼうと決めた。

 リズを殺し得る、闇使いとしての力を凌ぐ精霊を。


 母にすら知らせず、ウィルスタインの家宝とされる魔石も魔道具も全て使って、自分が呼び得る限界を遥かに超えた強大な力を持つ精霊を呼び出した。

 リズを殺し得る怪物を呼び出したのだ。


 キュニエはもう、半分は正気ではなかった。

 その思考は煮えたぎる憎悪と、這い寄る恐怖に汚染され、日に日にまともではなくなっていった。


 皮肉なことながら、この世界で最もエリザベート・ウィルスタインを評価していたのは、母でもなく、父でもなく、叔父でもなく、継母でもなく、義理の姉であるキュニエ・ウィルスタインなのかもしれない。

 誰よりもその容姿を認め、誰よりもその精神を認め、誰よりもその能力を認め、誰よりもその努力を認め、誰よりもその人柄を認めたのだから。


 だから、誰よりもリズを憎悪した。

 自分を、自分の立場を最も脅かす人間であると。

 どれだけのリスクを背負っても、消すべき存在であると認めたのだから。


 キュニエは呼び出した精霊に命令する。


 《リズを殺せ!!!!》

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