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1.望まなかった資質


 いきなりだけど、みんなは自分が将来結ばれる相手って想像したことある?

 あたしは、ある。

 

 自分で言うのもなんだけど、あたしって良家のお嬢様だから、やっぱり良い家のおぼっちゃんが相手なのかな、とか。

 それとも魔術の家柄や学者の家柄と結婚させられるとか? あたしは次女だし、そういった家との結婚もあるかもしれない。


 王族、とかどうだろう。いきなり白馬の王子様に見初められちゃったり? いいなぁそういうの。

 あるいは冒険者とか? 今の時代、有名な冒険者ならそれなりの地位が認められてるし、運命の出会いなんてどこに転がってるかわからない。


 平民相手、っていうのも考えたことあるよ。ないないって思う?

 でもやっぱり大事なのは地位なんかより人柄だと思うな。

 相手が自分のことを想ってくれて、あたしもその人のことを大事に思えるなら、それが一番だってあたしは思う。


 他にも色々と考えたことはあるけど、相手がこの世界とは違った場所から来るっていうのは、ちょっと想像したことなかったかも――――





リズは目を閉じて大きく深呼吸をひとつ。


「準備はいいかしら?」


 継母の声に目を開き、リズはできるだけ落ち着いた声に聞こえるように答えた。


「はい」


 客間のソファーから立ち上がる。


「無能で家の恥を晒すのだけはやめてよね」


 義姉あねの嫌味たらしい声を無視して、リズは継母のあとについていく。

 客間を出て、ホールを横切り、地下へと続く階段を降りる。

 

 緊張のせいか、舌が痺れるような感覚があった。

 リズはできるだけ心を落ち着けようと、普段より深い呼吸をしていた。

 

 継母に続いて、壁にランプがかかっているだけの薄暗い階段を進む。

 地下特有の埃っぽい空気が鼻をくすぐる。


 今日はリズの十七歳の誕生日だ。

 ウィルスタイン家では、十七歳の誕生日に託宣の儀を受けることになっている。

 これは自らがどういった魔法の資質を持っているのかを判別する儀式だ。


 国の決まりで、男子は十六歳、女子は十八歳になったらこの儀式を行って良いということに、一応はなっている。

 なぜそんな年齢なのかといえば、聖書にある「子供に槍を持たせるな」という記述がもとだ。


 しかし、実際にその決まりを守っている家は少ない。

 魔法の適正は早くわかればわかるほど早期からそれに適した訓練が行えるし、その子供に対しての待遇も決められる。


 なので多くの家は決まった年齢よりも何年か早く儀式を行い、正式な発表は国の決まりにのっとったタイミングで行う、というのがふつうだった。

 国の決まりよりも一年だけ早く儀式を行うウィルスタイン家は、貴族の中ではかなり上品な方だと言えよう。


 リズは地下への階段を降りながら、きっと大丈夫だ、精霊使いと判定されるはずだ、と自分に言い聞かせている。

 ウィルスタイン家は精霊使いの騎士として代々王家に仕える家柄だ。

 立派な精霊使いになる、というのはリズの夢でもあり、幼き頃に母とした約束でもあり、そして継母と義理の姉からの嫌がらせの日々に終止符を打つ方法であった。


 地下には階段を降りる継母とリズの足音だけが響いている。

 普段なら、継母も嫌味のみっつやよっつ言ってもよさそうなものだが、今日に限って継母は寡黙で、リズにはそれがかえって不気味に感じた。


 地下に着き、簡易の牢屋をふたつ通り過ぎる。

 リズはここが嫌いだった。元々は一時的に預かった罪人を拘束しておくための牢だが、リズは幼い頃に義姉にここに閉じ込められたことがあるのだ。

 

 継母が通路の奥の扉を開け、リズもそれに続く。

 部屋は無数のろうそくで照らされていて、中央に机だけがあった。

 その机には、ルーンが刻まれた石版が置いてある。

 

 継母が部屋の奥側に座り、リズは手前の椅子に座った。

 机越しに見る、淡いろうそくの光に照らされた継母の姿は、これから邪悪な儀式を行う魔女のように見えた。


 緊張で身体が火照る。

 舌の根が乾き、つばを出してどうにかしようとするのだが、うまくいかない。

 

 大丈夫だ、できることはすべてしてきたんだ、リズは自分に言い聞かせ続ける。

 基礎的な魔法の勉強は人一倍やってきた。それが継母と義姉を黙らせる唯一の手段だったから。


 もしこの国に嫌な奴選手権があったとしたら、継母と義姉はグランプリを狙える逸材だ。そんなふたりを黙らせるには非の打ち所をなくすしかなかったのだ。


 託宣の儀は努力や根性ではどうにもならない。

 だから、リズは精霊使いであることを祈るしかできなかった。


 継母が机の引き出しから宝石箱を取り出し、そこから三個のルーン石を取り出す。

 

「いい結果が出ると良いわね」


 そう言って継母はルーン石を渡してくるが、その顔は無表情で、義理の娘がうまくいくことなど微塵も願っていないのが簡単にわかった。


 リズはルーン石を受け取って握り込む。

 こんな小さな石ころみっつで自分の運命が決まるなどと考えると、どこかこれが現実ではないようなおかしな感覚を味わった。


 判別の方法は簡単だ。

 机の上の石版には、無数のルーンがそれぞれ区切られて彫られている。

 ここに魔力を込めてルーン石を落とすのだ。あとは、みっつの石がどこに止まったかの組み合わせで魔法の資質がわかる。


 リズは握り込んだルーン石に魔力を込める。

 

 ――――どうか精霊使いでありますように!!


 そう願って、握った拳を開いた。


 ルーン石が落ちる。


 石版に石がぶつかる音が地下室に響く。

 石版を転がるルーン石は、思いの外軽い音を立てた。


 リズが落としたルーン石が転がった先はそれぞれ、茨、氷、運命であった。

 リズは人一倍勉強してきた。

 だからなにも見なくとも、その配置がなにを意味するのかわかってしまった。


 闇使いだ。


 リズは顔と頭が一気に沸騰したような熱を感じ、ついで胸に穴でも空いたかのような脱力感が襲った。


 継母が机から本を取り出しページをめくっている。

 継母はある箇所でページをめくるのを止め、リズに視線を移した。


 そこには、隠す気などまるでない、陰湿な笑みがあった。


「あらあら、これは大変なことになったわねぇ」


 闇使いは、精霊使いと同じく異なる世界から召喚を行う魔法の資質である。

 純粋な才能として見れば非常に優れた才能と言えるかもしれない。


 が、この力で名を残している人物の多くは、邪悪な魔法使いや魔女である。

 なぜなら、その力で呼び出せるのは、もれなく闇の眷属だからだ。

 闇使いは忌み嫌われた力なのだ。


 まるで悪い夢のようだったが、夢にしてはあまりにも現実感がありすぎた。

 頭が熱いのに、身体はやけに寒く感じた。


 継母に対して気丈に振る舞いたいと思ったが、何も言葉が出てこなかった。


「とりあえず、上に戻りましょうか」


 継母の声がやけに遠く聞こえた。

 

 そこからどうしたか、リズは覚えていない。


 気が付いたらベッドの上で仰向けになり、天井を眺めていた。


 リズが自分で考える長所は前向きであることだ。それに関しては自信があった。

 母が亡くなってから十一年、継母と義姉がこの家に来てから十年間。

 それだけの期間を過ごして、リズが窓から飛び降りたり、天井に吊られたロープからぶら下がったりせずに生きてきたのは、その長所故だ。


 しかし、さすがのリズもこれには堪えた。


 生まれながらの魔法的素養、というのはどうしようもない問題だ。


 リズは天井を見上げたままピクリとも動かない。


 誰かに、話を聞いてほしかった。


 そんな人は、どこにもいなかった。

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