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3.生きる価値と死ぬ価値

 目の前に現れたバスケットボールより一回り大きい白い卵と、竜の顔を何度も見比べながら、竜の言っていたことを反芻する。



「ほ、本当に私に育てろ...と!?」


『くどい。何度も言わせるな。 ...貴様が『これからどうすればよいか分からない』と申したのだぞ? 我はそれに対して、『卵を育てろ』と言った。 なんの違和感がある?道理に沿っているだろう』



 顔がスッと無表情になり、求めていた反応と違ったのか不機嫌そうな声色でこちらに聞いてくる。



「それは... えっと」


『まさか断るつもりではないだろうな? 死の最後まで人に歯向かう気概も見せず、生きている間に人を思いやることもしなかったお前が、本当に何も為さないまま死ぬのか? 死んだ今、お前を苛んでいた因果はとうに無いと言うのに? ...お前一体何から逃げているのだ?』



 息が詰まるような空気の中、責めるような口調で話しかけてくる竜に顔を歪ませて俯き、なんとか反論しようと声を震わせて乱暴に言葉を投げる。



「なっ!な、んで... 私なんですか...?」


 

 竜はニヤリと顔を滲ませ、虐めるような視線を取るに足らない俺と言う存在に向け、口を開いた。



『理由? そんなものはない。 貴様がちょうどよくこの島に居たからな。貴様に我の伴侶を産んだ卵を託した方が面白いと思ったまでよ』


「そ...それ。 つまり自分の子供ってことですよね...? そんな身勝手に大事なものを赤の他人に任せていいんですか...?」


『おお、口が回るようになったな。 貴様、自分の保身では饒舌になるのだな』


「っ...! そ、そもそも、生きるかも死ぬかも決められない奴に、誰かの世話だなんて...」



 竜の言葉に心臓がジグジグと痛み出し、ぐるぐると吐き気が胃の中で駆けずり回る。

 竜はふぅ、と面倒くさそうに一息つき、しかし俺の様子に笑みを浮かべたまま話を続ける。



『貴様は二つ勘違いをしておるな』


「二つ、ですか...?」


『ああ。 まず、これは我の子供などではない』


「へっ...?」



 しかし、竜に発言は確かに『我が伴侶が産んだ』と言っていたはずで、どう言う意味か理解できず混乱してしまう。

 竜は蔑むかのような視線を卵に向けてこう言った。



『竜が子供と認めるのは、頑丈な殻を破りこの世に産声を上げた時だ。 産んだ卵は5つほどあったが、他は無事に産まれたと言うのに、こいつだけは待てども殻に引きこもるばかりで、殻を割る力すら持っていない軟弱な存在である。 そのような者、我の子供に要らん』


「...そ、そんな! 自分の奥さんが産んだ子供でしょう!? なぜそんな風に...!」


『? こうやって生かしているだけ有情だろう? 本来であれば、殺すところだが伴侶は心優しくてな。どこか知らない島に置いて行くことで話が決まったわけだ』



 竜のなんとも思っていない態度に、自分の持つ価値観との溝がクレパスのように深刻に違うことを今更感じ取ると、冷や汗が額に滲み出る。

 狼狽えている俺を見ると竜はそれが面白いのか笑っていた。



『ククク、貴様は真に面白い反応をする。気に入ったぞ。 どれ、一つ餞別をくれてやろう』



 竜はそう言うと有無を言わさずに、俺に指を向けた。



「なに、を... !?」



 周囲の木々がざわめき立ち、背筋に寒気が走る。

 何をされているかよく分からないが、体に駆け回る怖気が、決して良いことをされていないと訴える。



『そうだそうだ、我はお前に二つ勘違いをしていると言ったな。 一つ目は『これは子供などではない』こと。二つ目は『貴様に断る権利などない』ことだ。 たった今、貴様に呪いを掛けた』



 竜が何かを言っているようだが、立っていられないほどの震えが起こり、足が覚束なくなって膝をついてしまう。

 そんな状態なので、何か口に出すことも難しく、ただ竜の言葉を聞くしか出来なかった。



『貴様は今、『この卵が死ぬまで、如何なることが起きようと死ぬことができない』体となった。 ほぼ不死身だぞ?喜べケイジ。 我からの好意だ』



 上機嫌に語る竜の声色からは、おどろおどろしい邪念と悪意が滲み出ており、竜は嬉々としながら喋り続けた。



『例え、心の臓を貫かれ、内臓を食い荒らされ、首を落とされ、肺を水で満たされ、眼球を貫かれ、脳を掻き回され、四肢の先から切り刻まれようとも、この卵の中身が死なぬ限りは、貴様は意識を持ったまま死ぬことは出来ず、傷は数分後に完治するだろう。 無論、痛みは苦痛はあるぞ? ほれ、このように』


 

 竜は向けていた指先を何かを切るように動かす。

 瞬間、先程まで体調不良だけだった体から、両腕両足が切り離された。



「...ッッッ!?!? あ、ああ!!! アアアアア!!!!」



 足が無くなった結果、倒れ込むように地面に落ちる。

 白い砂浜に、赤い四筋の川を作りながら惨めにのたうち回る。

 当然、四肢がないため赤子のように、いや赤子以上にその動きは悲惨なものだが。



『おおお。 いいぞいいぞ。そうやって叫べ。 人間の悲鳴なぞ耳障りでしかないが、貴様の声は別だ。死にたいとも生きたいとも決められん愚か者が、生存本能を曝け出す無様な姿を見ながらであれば、煩い声も心地の良い演奏よ』



 普通、人間は耐え難い苦痛に直面すると本能として気絶をする、と言う機構があるはずだが、慶次の意識は熟睡した後爽やかな起床をした時のようにハッキリとしたもので、四肢から流れ出る鮮血の流動する感覚までしっかりキャッチしていた。

 


『しっかり呪えているようで安心したぞ。 ああ、お前はそれどころじゃないだろうが、ちゃんと四肢も生え始めている。あと数十秒もすれば元通りだ』



 激痛とそのショックで白黒する意識の中、竜の言葉に声にならない叫びでしか答えられない。

 そうしている間に、痛みは引き始め、完全に違和感が無くなる頃には先程までの出来事は無かったように、健在な四肢が見えた。

 それでも顔から流れる涙や、砂丘も染める赤い血、転がった手や脚を見るに、本当にこの竜がその気になれば、瞬く間に殺されるのだと認識し、心臓が冷たくなるのを感じる。



『我の目的は達した。 これにて失礼する』



 竜はそんな自分をお構いなしに、両翼を動かし、砂塵を巻き上がらせながら飛翔する。

 砂嵐にも近い強風の中、目を腕で守りながら、飛び立とうとする竜に必死に呼びかける。



「なん、で! なんで...!俺にこんな...! こんなことをしたんですか!?」


『ん? ああ。面白いと思ったからよ』



 竜は翼を羽ばたかせながら笑う。



『貴様と言う死ぬ価値もない存在が、生きる価値もない存在をどうするのか想像をしたら、腹の底から笑いが込み上げてくる! 貴様が死ぬには、産まれもしなかった卵を殺すしかないとなれば、貴様は生きるも死ぬも惨めな気持ちになってしまうだろう? そんな哀れな生き物は、まっことに面白い玩具になろうさ』



 竜の言葉に顔を青くして、何を言えばいいのか、罵ればいいのか懇願すればいいのか分からず、ただ口を開いては閉じるのを繰り返す。



『ケイジよ! その産まれ損ないの愚昧と共に生きるがよい。 ああ、礼はいいぞ。我は寛大ゆえ、貴様の願いを叶えてやったまで。 では、さらばだ』


「ま、待って!!」



 届くはずがない上空の竜を繋ぎ止めようと、必死に手を伸ばすが、空気を掴むばかりで、肝心の竜は高笑いをしながら瞬きする間に、暗闇の空へと消えていった。



「は、はは...」



 その様子を呆けながら見つめる。

 顔がひき付き、笑いが漏れる。

 元通りになったはずの脚に力が入らず、地面にへたり込む。



「なんだ...? はは、死ねないって...? 呪いってなんだよ...? ここって地球のどっかじゃなかったのか? っていうか死後の世界でもなんでもないのか...? 意味わかんねぇ... ど、ドッキリだったらさ、早くネタバラシしてくれねぇかな...?」



 冗談混じりの口調でゆっくりと周囲に語り掛ける。

 

 誰も答えない。



「お、おいっ!! なんなんだよ!? 竜とか、呪いとか!! 俺は一体どこに居るんだよ!?」


 木々が夜風に揺れる。


 誰も答えない。


 なぜこのような事になってしまったのだろうか?

 会社で飛び降りをしたのがいけなかったのか?

 竜を見つけてから隠れなかったのがいけなかったのか?


 そんな考えがぐるぐると頭を巡る。



「...どうしろ、ってんだ? 俺に、俺が... 俺が何したってんだよ!? なんでっ! なんで死んだ後までこんな目に遭わなくちゃいけないんだ!? 俺は...? 俺は... 何をすればよかったんだよ...?」



 悲痛な慟哭は誰にも届かない。

 砂丘の上で泣き叫んだとしても、声を枯らしたとしても、何も変わらない。

 

 どっちにしろ既に運命は舵を切り始めてしまった。


 砂丘に残るのは死ねない体になった自殺者と、産まれる前に見捨てられた未熟な卵。

 1人と1匹が交わり始めるのは、もう少し後に。

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