第52話 狼と毒蜥蜴
アグネスの説明を思い出したミリアとホーク、本物の災魔が出現することも知ってい予想していた。そしてその予想は的中した。
木々の間から巨大な黒い影が出現した。その巨大な黒い影は、一見疑似災魔と同じ狼の姿をしていた。
だが彼らもそれが疑似ではないことは一目瞭然だった。明らかに体格が一回り大きい。そして疑似にはなかった赤く巨大な瞳、全身が邪気に覆われ黒みがかり、さらに尻尾まで異様に長い。全身から嫌でも殺気と恐怖を感じてしまう。正真正銘の兵士級の災魔、狼だ。
「やっぱり……出るんだな」
「ビビってんの、あんた?」
「そんなわけねぇだろ、むしろワクワクしてきたぜ」
「どうだか、模擬戦で初戦敗退したくせに」
「はぁ、今なんて!?」
「じゃあ、倒してみせてよ?」
ミリアのその挑発に腹が立ったのか、ホークの目が本気になる。
「俺をなめんなよ! 旋風!」
その掛け声の直後、ホークの前方数メートル先に小型の竜巻が発生した。その竜巻が狼に向かい直進した。
しかし竜巻の動きが遅かったためか、狼にすぐ避けられる。
「残念でした」
ホークはそれでも動じなかった。すぐさま竜巻は方向を転換し、狼の胴体を捉え宙に舞い上げた。
避けて油断していた狼は動揺する間もなく、回転しながら超高速で全身を切り刻まれる。頃合いを見計らり、ホークが竜巻は消滅させ、血まみれになった狼が地面に叩き落された。
「どうよ?」
「お見事、でもまだ終わりじゃないみたいよ」
そのミリアの言葉通り、奥の木々から再び狼が出現した。
「まぁお約束ってか……」
「待って、まだもう一体!」
別の災魔がその狼の背後から数メートルの高さをジャンプし、颯爽と狼の前に着地した。二足歩行の蜥蜴だが、両手の爪が異様に伸び、その爪先から粘り気のある液体を垂らしていた。
「うわぁ、マジで学園容赦ねぇな」
「毒蜥蜴ね、あの爪先は毒注意よ。解毒薬持ってきた?」
「あっ、しまった……」
「もうあんた……」
「当たらなければいいんだよ!」
ホークは意気揚々と先ほどと同じように旋風を発生させ、同じように毒蜥蜴目掛けて発射させた。
しかし先ほどと同じように、やはり2体の災魔は難なくかわす。そしてやはり同じように狼目掛け竜巻は方向を変えた。ホークは毒蜥蜴の素早い動きに、若干の焦りを見せる。
「ちっ、やっぱ毒蜥蜴はすばしっこい」
「あいつは私に任せて」
ミリアが毒蜥蜴に自分の注意を引き付ける。毒蜥蜴は跳躍し、ミリア目掛けその鋭い爪先で攻撃を試みた。
しかしミリアの体に届くまでに、毒蜥蜴は炎に包まれた。
「おぉ、炎鞭じゃん」
ミリアの魔導筆から炎の鞭が10メートル近く伸びていた。毒蜥蜴の体をいとも簡単に囲い込んだ炎鞭の前に、毒蜥蜴の毒の爪も無力だった。
二人とも二体の災魔を倒し、ほっと一息つく。
「もういねぇよな……」
「油断しないでよ。って、ちょっと待った!」
「どうした?」
「あれ、見て!」
ミリアが指差した先には、強烈な光を発した球体が空に浮かんでいた。
「あれは、救助光!?」
「もしかして……」
「いや、それはさすがに……」
二人ともその光の球体の周囲に何が待ち受けているか、簡単に想像できてしまった。
「俺の邪気探知は反応してねぇよ。それに仮に現れても先生が駆けつけてくれるって、俺達はこの周囲を……」
だがミリアはそんなホークの忠告を無視し、一目散に走って行った。
「悪いけど、私は誰かさんと違って臆病じゃないから!」
「はぁ、それどういう意味だよ!?」
その言葉を聞いたホークもミリアの後を追った。だがミリアの期待はすぐに裏切られる。
二人が駆け付けた先は、森から出た川辺沿いだった。そこに一人の男子生徒が倒れ、一人の女子生徒が介抱していた。
さらに生徒だけでなくアグネスの姿もあった。だが当の彼女は渋い顔を隠せない。
「なぁんだ、もう先生駆け付けてんじゃん」
「いくらなんでも速すぎ。っていうか精鋭級は?」
ミリアが期待していた標的はいなかった。そしてホークも訝し気に周囲を見回す。そこにはさっき自分達も倒した毒蜥蜴が、一体倒れているのみだった。
「あれ、精鋭級じゃねぇのか?」
「あなた達、どうしてここに来たの?」
アグネスが質問する。ミリアとホークも一瞬ドキッとした。
「い、いえ、その……私達も加勢できればと……」
「言ったはずですよ、自分の持ち場を離れるなと。討伐数を稼ぎたくないの?」
「す、すみませんでした……」
「でもちょうどよかった。来てなんだけど、ちょっと確かめたいことがあるの」
「え、何ですか?」
「あなた達、ちゃんと持ってきた?」
そう言いながらアグネスは細いガラスの小瓶を取り出した。その小瓶は全体的に薄青色を呈し、中には液体が入っている。
「あ、それって……」
ホークは動揺を隠せない。ミリアもホークを見つめざるを得ない。
「さっきはいちいち確認しませんでした。昨日の授業の終わりにしつこく言ってましたから、言わずもがなと思っていたんですが、まさか……」
ミリアは徐にポケットから、アグネスが出したのと同じ色の小瓶を出した。しかしホークは何もできないでいる。
「あなたは?」
「お、俺は……」
その様子にアグネスも察した。思わずため息をつく。
「……あなた毒蜥蜴と戦ったことは?」
「ありますけど……」
「なら奴の毒攻撃がいかに凶悪か知ってるでしょ。昨日もしつこく言いましたが、これは実戦を想定した訓練です。薬類の所持を怠るのは横着としか言えませんね」
「すみません……」
「まぁ、いいわ。あなたはこの授業が終わったら残りなさい。私はほかのペアの様子を見てきます」
アグネスはそう言い残して、森の中へ入っていった
「ドンマイ」
「ドンマイ、じゃねぇよ! ったくおめぇが走ったりしなけりゃ!」
「別に私の後ついて来いって言った記憶ないわよ」
「あのなぁ、俺のこと臆病者とか言ったの誰だ?」
「誰かさんとだけしか言ってないし」
「……」
「それに遅かれ早かれ、あの先生全ペアチェックするみたいよ」
「まぁ、そうだろうけど」
「それより、あの二人をどうにかしないとね」
ミリアは倒れていた男子生徒と女子生徒に近づいた。だが二人に近づこうとしたその時、再び遠くの空に救助光が発射された。
「はぁ、また!?」
「今度は、もしかしたら……」
ミリアは内心ゾクゾクした。今度こそお目当ての敵が出てきたものかと、そこへ向おうとした。しかしホークは大事なことを忘れなかった。
「おいおい、あの二人放っておくのか!?」
「あ、そうだ……」
「私達は大丈夫よ」
女子生徒は、右手に何やら菱形の灰色の石を取り出した。そしてその灰色の石から光の膜が球状に張り巡らし、二人を包んだ。
「そうか結界石あったね」
「それより、気を付けて。あそこにいるの、多分……」
「え? あなた達、何か知ってるの?」
「うん、というかもう会ったわ。そいつから逃げてきたばかりよ」
「マジで、どんな奴?」
その質問の答えはミリアとホークも真剣にならざるを得ない内容だった。
「精鋭級の犀よ」
第52話ご覧いただきありがとうございます。次回はザックスの初戦闘、そして精鋭級の災魔も登場します。
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