第50話 ロゼッタの秘密
「だから、あれは擬態に決まってるでしょ!」
「でもさあそこにいたのは2人だよ、それに担任教師もそばにいたし。どうやって誤魔化すわけ?」
生徒寮、既に陽が下がり消灯時間がもうすぐ過ぎようとしている。とある部屋で、眠れない二人の女子生徒が寝間着姿のままで、午後に見た光景に議論を重ねている。最初は見た時はあまりの光景に何も考えが巡らず、素直に信じ込んでしまった。図書館の【禁断魔術の間】に下級生が入ることなど、本来あり得ない。
だが生徒寮に戻って、冷静になって振り返ると、自ずと答えが見えてきた。もちろん禁断魔術でもない、ある特殊魔術の存在だ。
「擬態の使い手となったら、サロニアに思い当たる生徒は何人かいるわ。よく在学中それで悪戯しまくってた奴らはいて、何度注意されたことか」
「擬態なんて簡単に言うけど、結構特殊でかつ上級ランクの術よ。声まで完璧に成り済ますにはそれほど熟練と言うか一流の魔導士でもない限り……」
「オルハ、あなたはどうなの?」
「ミリア、あなたの気持ちわからなくもないけど、あれは間違いなく……」
「複製……よね?」
カティアが禁断魔術の名前を出す。思い当たるのはそれしかなかった。
「信じらんないわ。確かに複製なら、あそこで見た怪現象は説明できるんだけど……」
「確かに複製なんてできたら、金貨も偽造し放題で経済とかなくなるわ。だから禁断魔術って扱いなんだけど」
「私だって最初は誰かが擬態しているか、もしくは分身じゃないかって思ったけど……」
「そうじゃないって、言う根拠あるの?」
「擬態なら時間制限があるわ。分身なら実体はないはずだから、触ることができなければそれでわかる」
「でも、あそこにいたフィスコ2人は、普通に机に座って魔導書読んでたわ。その時点で分身じゃないわね」
「じゃあ、やっぱり擬態じゃない?」
「その線もあるけど、どんなに一流の魔導士でも擬態で変えられる時間はせいぜい1時間程度で……」
「私達、図書館にいたのはせいぜい20分ほどだから。もしかしたら」
「ちょっと待って、まず私の考え言わせて!」
ミリアが何か思いついたかのように、自分の考えを述べ始めた。
「私はあの担任が怪しいと思うの」
「担任って、えぇっと名前なんだっけ?」
「7組の担任はジェイムズ先生よ。あの先生が何か関係が?」
「だから、あの二人はグルなんだって」
「グルって?」
突拍子もないミリアの考えにオルハも戸惑う。
「多分あの教師も中に入りたかったのよ。それで彼を利用したんだわ」
「何言いだすかと思ったら。教職員なら、普通に入れるんじゃないの?」
「た、多分、あの担任も一人で入ると怪しまれるから、それで……」
「そういうのはね、ミリア。“迷推理”って呼ぶの」
「はぁ、何よ? それじゃ、カティアあなたの考え述べてよ」
そう言われたカティアは、どうもオルハの味方のようだ。
「擬態にしては完成度が高すぎだと思う。当然三つ子ってわけじゃないよね、オルハ?」
「そうよ」
「っていうか、オルハ。彼がその術使った瞬間見たことあるわけ?」
「……」
オルハは黙っていた。だがその沈黙は確証がないという意味ではない。
「そういえば、オルハ。ずっと気になってたんだけど?」
「なに?」
「いや、私達が禁断魔術の窓からフィスコ眺めた時、あれは『作成した魔術』って言ってたわよね?」
「そうね」
「作成ってことは、その……つまり……」
「いやいや、それこそあり得ないから……」
「そのままの意味よ、ミリア。あの術は、フィスコ自身が作成したの」
オルハのその言葉でさらに衝撃が走る。もちろん彼女がそんな嘘をつくような人間ではないとわかっていた。
「そしてそれが原因で、魔導学園からアルテナ中学校に調査団も派遣されたわ。禁断魔術を作成したって大騒ぎになったけど、当然ここもその実態を知りたかったのよ」
「それで、その調査結果は?」
オルハはしばらく間を置いて答えた。
「フィスコは退学処分となったわ。理由は当然禁断魔術作成の件で、それが今年の年明け早々に通達されて……」
「え、ちょっと待って? それじゃ、彼がここにいるのは……」
「だからおかしいの、彼が学園にいるって。ちょうど入学試験が終わった直後で、試験結果はまだだったけど、退学が決まった後は当然学校に来なくなったから、学園の入学も絶望的になったわ」
「確かに、いくら試験の成績が優秀でも、禁断魔術なんて物騒な術を作れちゃうような生徒を入学させるなんて、よほど頭がおかしいとしか」
「それは違うんじゃない?」
ここでミリアは違う見解を示した。
「ミリア、どういうこと?」
「よくよく考えてみてよ。禁断魔術なんて、確かに私らはほとんどその全容を知らない。だけどね、どんな方法か知らないけど、作成できちゃうってことは、それほど彼が飛びぬけて優秀だってことの証明でもあるじゃん」
「いや、いくらなんでもそれは……」
「でも現に彼は入学出来てここにいるわけじゃん。学園だって、彼の将来性というか才能に目を付けたのね。これは完全に学園が恩赦を計ったとしか思えないわ」
「確かにミリアの言うことにも一理あるわ」
オルハもその考えは納得した。そしてこれ以上考えても仕方ないと思ったのか、ベッドに横になった。
「今日は凄く、疲れちゃった。ごめん、私もう寝る。明日は、野外演習あるし」
「あぁ、ごめんオルハ。遅くまで付き合わせて……」
「いいのよ、みんな。それに私もフィスコのこと凄く驚いてたから……」
「そういえば、まだ帰ってこないのかな?」
「あぁセリナか。そういえば風に当たってくるって言って、もう20分以上外に出たっきりだけど」
「多分、消灯時間までには帰ってくると思うわ。なんだかんだで今日もいろいろあったから」
カティア達が時計を見ると、既に消灯時間まで残り10分の所だった。その時セリナは一人の女子生徒と話していた。
「ロゼッタ。ごめんね、こんな場所に呼び出して……」
「……用件は?」
ロゼッタとセリナ、二人がいたのは生徒寮の3階の西広間のベランダだった。既に消灯時間まで残り僅かとなり、広間には誰もいない。セリナは図書館から出ようとした際、ロゼッタに話しかけ、この時間にこの場所で話すよう約束していた。
「いろいろ話したいことたくさんあって。まずは、そうね……」
セリナは考えを巡らす。だがそれを見てロゼッタは機嫌を損ねた。
「せめて、話す内容整理してから呼び出してよ」
「ご、ごめんなさい。そういうつもりじゃ……。あの、私の術についてなんだけど……」
「【合成】のこと?」
その言葉にセリナはドキッとした。自分が一番聞きたいことはいわずもがなそれだが、それ以上にその言葉を知っていたロゼッタに驚いた。
「……やっぱりあなた知ってたのね、【合成】のこと。それって、見たことあるの?」
「昨日ね」
「いや、そうじゃなくて。私以外の誰かが使ったの見たことあるんじゃないの?じゃないと、【合成】って名前まで知ってることないと思うけど?」
「……」
ロゼッタはやや渋い表情を浮かべ無言だった。
「あ、ごめん。やっぱり、話したくない?」
「……風紀委員に入ったら?」
「え?」
「あなたのその実力と才能次第なら、風紀委員になれなくもない。対人戦も得意そうだし」
「それって、どういうこと?」
「そのままの意味よ。風紀委員に入ったら、嫌でもわかると思うわ」
なぜ風紀委員に入れば【合成】についてわかるのか、セリナの頭では理解に及ばない。
「【合成】については私から言えるのはそれだけよ、正直私も詳しく知らないから」
「そうなの、でもありがとう」
「……ほかに質問は?」
「えぇっと、【将軍の試練】って知ってる?」
その言葉を聞いてロゼッタはキョトンとした。それまではどんなことを聞いても何かを知っているような表情だったが、さすがのロゼッタにもわからないことだったようだ。
「……知らないわ」
「そうなの」
「……というか、それって話していいことなの?」
「え、なんで?」
「あなた今朝生徒会室に呼ばれたでしょ?」
「そうだけど……って、あぁ!」
「やっぱり」
セリナのうっかり癖が発症した。今朝生徒会室から言われたことは他言無用との約束だ。もちろん【将軍の試練】のことについても。
「ごめんなさい、ロゼッタ。今のは内緒にしててね!」
「……ほかに聞きたいことは?」
「あとは、そうね……」
セリナは最後の質問をしようとした。それこそ入学初日から気になっていたことだ。それを当人の前でようやく聞くときがやって来た。
「あなた……お姉さんとか……いる?」
その質問を聞いてロゼッタは、今までとまるで違う表情を見せた。その表情を見てセリナも固まった。ロゼッタはこれまでにないほどの血相でセリナを睨みつけた。すると彼女の体中から異様なまでの魔力の放出をセリナは感じた。
「ご、ごめんなさい。今のは聞かなかったことにして……」
聞いてはいけないことだと判断して、咄嗟にロゼッタを宥めようとした。
「私の姉が……なに?」
今までにないほどの恐ろしいほどの声と表情だ。もちろんセリナは内心ビクビクした。まるで将軍級の災魔が現れた時と同じような感覚に襲われた。焦りに焦ったセリナは、なんとか誤魔化そうとした。
「き、気になっただけどよ……その……なんか顔が似た人がいたなぁって思って……」
「……ごめんなさい、私こそムキになって」
「え?」
「よく考えたら、隠す必要もないわね。私ってバカ」
「あ、いや。話したくないなら、話さなくていいから」
ロゼッタは開き直ったのか、高めていた魔力を自制し冷静を取り戻した。
「姉ならいるわ、1人だけね」
「そうなの、ありがとう」
「でもそれ以上は答えられないわ。それじゃ私もう眠いから……」
「ごめんなさい、ロゼッタ。遅くまで付き合わせて」
ロゼッタが先にベランダから出て広間を抜けていった。セリナは心なしか満足していた。
(なんだかんだで、こうやってあの子とじっくり話すの初めてなんだよなぁ。でも意外とあの子……)
セリナが最初に彼女に抱いていた第一印象が変わった。そしてロゼッタの言葉を聞いて、改めてセリナは決心したのだ。
(風紀委員か……もともと入りたいって思ってたけど、まさかあの子からも後押しされるなんて。あれ、そういえば?)
ここでセリナはまたも重大なことに気づいた。風紀委員と言えば、もう一人忘れてはならない存在がいた。
(そうだった、フリッツも!)
思えば、午後の授業が終わった後でフリッツと会話をしていた。それからトールの治療のため、生徒寮を走り回ったり、モニカと一悶着あったりと、完全にフリッツのことを忘れてしまっていた。そしてそのフリッツが、自身が風紀委員に入らなければいけない理由を言う途中だったのだ。
(まぁいいや、また今度聞こう。でもそういえば、委員会の新入生の募集っていつだっけ?)
セリナは気になりかけたが、先に眠気の方が襲ってきた。一日中いろいろなことが起こりすぎて、これ以上の夜更かしはできない。
彼女は部屋へ戻ろうとした。その時ふと空を見上げると、真っ赤に輝く月がセリナの目に入ってきた。
「あ、紅月出てる」
故郷ラングランにいた時は、何度も見たことがある。一年に数回ほどしかその姿を見せない紅月は、自分の故郷の平地で普通に咲く橙の花を虹色に照らすことももちろん知っていた。
「紅月か。虹海、夏休みに見れるかな」
セリナの脳内には虹海の光景が浮かぶ。子供の頃か何度も見たその光景は、何枚も写経で保存されていた。しかしそんな感傷に浸っている暇はなかった。明日の授業のことを考えても、いち早くベッドに入る必要がある。
(明日午前から野外演習あったよね。うぅ、緊張する…)
セリナは知らなかった。同じ頃ラングランをたまたま訪れていた魔導学園の上級生と、自分が幼い頃から親しくしていた副騎士団長が、虹海の光景を目に焼き付けていたことを。
第50話ご覧いただきありがとうございます。次回は学園初の野外演習です、戦闘シーンが続きます。
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